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安部公房と真知の儚い恋に思いを馳せながら飲む梶井基次郎のレモンスカッシュと文学館の楽しみ方

安部公房が亡くなったのは1993年で、私が彼の作品を初めて読んだのは2000年くらいだから、私にとって安部公房大江健三郎とは異なり出会った時から過去の人だった ちなみに、私が最初に読んだ安部公房「壁」で、結婚をする前の恋人だったときの妻が貸してくれた

その後、安部公房の文章に魅了されて何作も読みあさったが、彼自身について詳しいことはよく知らなかった 安部公房に限らず、作家の素性についてあまり興味を持つことがない

そんな安部公房は今年で生誕100周年であり、神奈川近代文学館にて安部公房展が開催された  開催直後から行ってみたいと思っていたのに、気がついたらあと数日で展示終わってしまうことを知り、妻を誘って、結局一人で行ってきました

正直な話、作家の展示会は全然好きじゃ無くて、思想だの思考だの、時代背景だの社会に与えた影響だの、交友関係だの、そういう話は私には難し過ぎてよく分からないし、一方で、ガラス越しに見る直筆の原稿だの、愛用の筆記用具にも心躍らず、誰かさんとの隠密なお手紙や、雑多なアイデアノートを覗き見る趣味もなければ、やけにプライベートな感じのポートレート写真を見せつけられるのにも辟易するので、だったらお気に入りの物語をもう一度読み返す方がよっぽど有意義だと考えてはいるんだけど、そういった展示をしている美術館のような建築物が好きなのと、静まりかえった展示会の雰囲気が心地よかったりして、そして何よりも、無理にでも口実を作らないといつもと違う場所に行く機会なんてないと思って、軽い足取りで重い腰を上げ、一人でふらりと出かけたところ、とても面白かった

だから、私なりの安部公房展の、しいては文学館の、楽しみ方のポイントをご紹介してみますね

面白ポイントその壱

展示期間の最後の週末だったからなのか、思っていたよりも多くの人で賑わっていて、私が建物を出るころには、入り口に行列が出来ていたほどだった

作家の展示会ってそんなに面白いものじゃないと思うけど、そこにわざわざ足を運ぶモノ好きとはいったいどんな人種なのかと、その人たちを観察することがまず面白い

男女ともにボッチの割合は多め
老夫婦を含め男女カップルも多め
女性カップルは少なめ
男性カップルは皆無だった(三島由紀夫展だったら違ったのか)
また、3人以上のグループや家族も少ない
年齢層は巾広くて、20代から70代ぐらいまで満遍なくいたと思う

一人だけ、母親と思しき女性に連れられた小学3年生くらいの少年が、ずっとswitchに夢中になりながら、いろいろな人へと軽いタックルを繰り返しているのが目立った

多数派であるボッチたちは無言である(ずっとブツブツとつぶやいている例外もいた) それに対してカップルたちはひそひそと会話も楽しんでいる そして、展示に集中できずにカップルの会話に聞き耳を立てているショルダーバッグのボッチのことを私が観察をする

「この本、古そうだね(小声)」
「そうだね、古いね(小声)」
「あれなんて、ちょっとカビ臭そうだよね(小声)」
「そうだね、カビてるかもね(小声)」
「見て、原稿用紙 懐かしい 夏休みに読書感想文とか書いたよね(小声)」
「そうだね、原稿用紙持ち帰るの忘れて、夏休みなのに学校に取りに行ったよね(小声)」

謎の優越感をまといつつ
”やれやれ、困った方たちですね”
と、私に同意を求めるかのようにチラリと視線を寄せてくるショルダーバッグ しかし私は、そんなアイコンタクトにはまるで気が付かないふりをする
そんな駆け引きが嫌いじゃない

他に印象的だったのは白髪の老夫婦の会話 作家や作品の内容ではなく、おそらくはその作品に触れた当時の自分たちの思い出で話を密やかに楽しんでいる そんな歳の重ね方を羨ましく思った

面白ポイントその弐

館内は基本的に写真の撮影が禁止されているためか、スマホを手にしている人がいない 駅のエスカレーターで不用意にスマホを出さないのと同じように、みんな冤罪を警戒しているのだろうか

その代わりに、多くの人が入り口付近に置いてあったワークシートの用紙と鉛筆を持っている 集中力のない僕たちのために、文学館からの粋な計らいだ

3.岡本太郎公房に付けたあだ名は?

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『あべこべ』 
あったぞ、これだ これに違いない
よし、次ぎ…

っという具合には続かず、文学館の粋な計らいも虚しく、ワークシートにもすぐに飽きてしまう、そして他の方の動向が気になるも、案の定、大半の人がワークシートには早々に挫折したようで、皆、使い道のなくなった用紙と鉛筆をもてあましている

一問目だけ威勢よく回答を記述したのが恥ずかしくなったのか、これ以上小さく折りたためないと思われるほどにワークシートも小さくしている人もいた

一方で、ワークシートの裏に、つらつらと何かを走り書きをしている人がいる 彼が今目の前の展示を見て何を書き留めたのか私も知りたい でも、プライベートなそのメモは、彼にしか読むことが出来ない まるでミミズが這ったような暗号めいた筆跡で書かれている 私もそれを真似したくなる

意味あり気に、忽然とメモを取り始める私
ダッフルコートを着た隣の女性は、私のメモが気になっている しかし、このプライベートな私のメモは、貴方には読むことはできない 帰宅後に自分自身ですら解読が困難だった

3つあった暗号文は、かろうじで1つだけ解読に成功した

ぼくが夢みているのは文学の中でのSF精神の復権なのである
自然主義文学によって占領された仮説文学の領地を、奪回することなのである

私が秘密裏に持ち帰った安部公房の言葉だ

ワークシートの取り組み、これも楽しみ方の1つ

面白ポイントその参

展示には直筆の原稿用紙が沢山あった
私はこれに興味をそそられることは無いと思っていたのだが、”この一文字からあの作品が生まれた”と考えると、思いの外高揚している自分に気が付く

目を覚ましました。
朝、目を覚ますということは、いつもあることで、別に変ったことではありません。しかし、何が変なのでしょう? 何かしら変なのです。

『壁』安部公房

そう、S・カルマ氏は、虫になっていたのではなく、名前を失って「ただ存在するもの」になっていたのだ、すべてはこの一文から始まったのだ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241206/k10014659591000.html

展示物から妄想を膨らますこと、これは王道の楽しみ方でしょう

面白ポイントその四

文学作品に限らずだが、知らなくても作品に何ら影響はないけども、知っているとより愛着を持って楽しめることってありますよね 文学館はそういうネタの宝庫だから、うんちく集めを楽しむ

公房の奥さん真知について専用のコーナーが設けられていた

2人は20代に出会って結婚します、真知公房の著書の装丁や芝居の舞台美術を手がけるようになります 公房の創作活動において、真知は重要なインスピレーションの源であり、彼の作品形成に大きな影響をあたえようです 2人は長い年月を連れ添い、1993年に公房が心不全で亡くなった同年に真知も亡くなりました

私がイメージする安部公房の文庫の表紙は、あの少しおどろおどろしいイラストなのだが、その大部分を手がけていたのは真知だった

ネットで拾った古い文庫本の表紙(砂の女が何故二冊?)

でも、最近の文庫は表紙が一新されてシャープなものになっている
折角の夫婦共同作業だったというのに、なんてことをしてくれたのでしょう

現在の文庫本の表紙

次の展示コーナーでは、安部公房が作家の余技を超えるほどの本格的な写真家でもあったことを知る 写真家である公房が、写真家を箱男にしたてことについて考察が膨らむが、それさておき、一新された文庫に利用されている写真は、全て安部公房自身の作品から選ばれていることを知り、それはそれで面白いと思った でも真知

面白ポイントその五

最後の面白ポイント、それはミュージアムショップ
ここだけの話、美術館に行きたいのか、ミュージアムショップに行きたいのか、どっちなのか解らなくなるほどにミュージアムショップが好き

ところが残念なことに、神奈川近代文学館にはミュージアムショップと言えるほどのスペースは存在していなく、展示に関連した書式と葉書などのちょっとしたもののみだった 学芸員の悪ふざけみたいなグッツが見たかったのに… でも、申し訳なさ程度に夏目漱石の缶バッチガチャガチャ(100円)が置いてあった

カフェにて

神奈川近代文学館には併設の鮨喫茶という変わったお店があり、そこでは安部公房展に関連したメニューもあったのだが、梶井基次郎のレモンスカッシュが魅力的過ぎてそちらを頼んだ

檸檬は冷蔵庫ではなく平積みの書棚から持ってきて欲しかったのと、砂鉄でもまぶして火薬風味だったら良かったのにとは思ったけど、とてもおいしかった

爆発する恐れのあるレモンスカッシュを飲みながら、冤罪の心配が無くなったスマホで、気になっていたことを調べる「 安部真知の死因

傷心して公房の後を追ったのかと思いきや、検索結果に表示されるのは山口果林の名前ばかり

女優で23歳年下の20年間以上も続いた公房の愛人
公房はノーベル文学賞候補者だったこともあり、世間体のために真知との離婚はしなかったが、真智とはずっと別々に暮らしていて、公房の死因となった急性心不全を起こしたとき、山口果林のマンションから救急搬送されたことで世間を賑わせたとか

その9ヶ月後に自室のマンションにて真智も急性心不全で死亡 発見されたのは死後4日後とのこと

勝手に期待をしたのが悪いんだけど、がっかりした
そりゃ文庫本の表紙のデザインだって変わるわけだ、仕方がない

チケットとまだ名前のない猫の缶バッチ


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