13曲目 NYと起業
みなさん、お久しブリンブリン。英語で書くと、BLING BLING。
リルウェインにバードマン、ビックタイマーズなどで有名なCash Money Millionaires(キャッシュマネー・ミリオネアーズ)ってクルーが派手なヒップホップジュエリーを説明するために作り出したスラング用語”ブリンブリン”。
なぜ、HIPHOPアーティストがこんなゴールドチェーンを何本もギラギラつけているか知ってる?なんでNEW ERAのCAPにシールつけてるか知ってる?
知らへんで、当然。
一般生活でこれ知らなくても生きていけるからw
逆に、この世界では、その昔、え?あの人キャップにシール貼ってね?とか安易に言ってもうた日には、あとで恥かくBBOYは数知れず。。。
今更恥ずかしくてよう聞けへんわ。そんな方もご安心ください。ここでは心優しい女性が、海岸でローションを身体に塗ってくれるぐらい優しく解説していきます。そんな女性にしばらく出会ってへんな..。その前に、もう塗ってもすぐ乾いてまうんちゃうかー。水分足りへんでw 心にポカリスウェット。一色紗英です。
さて、冗談はさておき、今日は購読者から質問を募ってそれを順番に答えていこうと思ってます。質問はDMから募集してるので、僕みたいなもんで良ければDMください。気まぐれにお答えさせていただきますんで。
お前誇れるもんあんの?って質問されたら即答でこう言うと決めています。
”経験値”。
今日は、購読者Mやまくんからのご質問。起業する時の流れとバズさんの歴史を知りたいとの質問が来ていたので、ここに書いていきたいと思います。ありがとうM山くん。
では、最初はHIPHOPとの出会い、またヒップホップジュエリーなんかの面白い話から、NYに惹かれていった話まで。歴史と起業までを盛り込みつつ少しずつ書いてくわ。
HIPHOPとの出会いは16歳。当時イケてた不良グループが暴走族からこれから時代はダンスやったりHIPHOPやろ?って市民会館を根城によく溜まってた。原付ノーヘルでラジカセ持って今考えたら超絶ダサいけど、その時代はそれがイカしてたわけ。
ただ、始めた動機なんて不純で、モテたいだのカッコつけたいだのだけで始めたHIPHOP。
18歳の時に岡山来てから、洋服屋でバイトしながらRAPしてきた。当時仲良くなった同級生がDJ趣味でやってて、そっからRUN DMCやREDMAN、METHODMAN、RAKIM、PHARCYDE、NAUGHTY BY NATURE、TLC、JANET、SWVなんか聞きまくってたなー。
もうレコードやと服屋に行くのが楽しくて楽しくて。いつか絶対NY行くぞって思ってたけど、正直金もなかったし、NYってもんが想像もつかんかった。
色んなバイトもしたけど、プロラッパーなりたくて腹括ってからは好きなことのみで生活してきたのが今の自分が唯一誇れること。なんて書いてみたけど、まー散々な貧乏生活。もう一回やれって言われたら100%嫌。
ハマったきっかけは一つ上の先輩。当時、県庁通りにあったルーツって伝説的な洋服があって、そこであんま買った記憶ないけど、そこで働いてた先輩にめっちゃ良くしてもうて。取扱いブランドなんやっけなー。トリプルファイブソウルとか売ってなかったかなー。なんか曖昧やわ、記憶。その道沿にあるプログラムってお店も同じくSUPREMEとか置いてて人気やって。そこの社長とは店の前で一緒にキャンプチェアー広げて飲むぐらい仲良し。この雨もアップルバムのアロハシャツ誕生日プレゼントにくれた。大好きな社長。
話戻って、その大好きな服屋の先輩は偶然、家が近所やったこともあり、よくお互いの家を行き来してた。彼に人生初めて奢ってもらった津高にあったサンデーサンってファミレスの焼肉定食は死ぬほど旨かった。BEERは苦手やってんけど、ビールを初めて先輩ってもんに、ついでもらったのが心底嬉しかったのは今でも覚えてる。
まるで、お父さんのような、お兄ちゃんのような、友達のような存在やった。当時はそこの服屋の袋を持っていたら優越感に浸れるほどの人気店の店長。いっつもイケてる高校生やイケてるやんちゃな兄ちゃん達が溜まってた。今FORTY FIVEって洋服屋を4−5件やってるシンスケって奴もそこで働いてて仲良くなった。マドンナ的存在のレイちゃんはみんなのマドンナ。オーナーの大槻さんは買わない相手にはむっちゃ冷たく、買う人には仲良くするオーナーで有名やったw。当時はさほど、なんやこのクソガキみたいにしか思われてなかったやろうけど、後に仲良くなるとただの人見知りのエロいおっちゃんだと分かるw。今はそこから少し離れた同じ県庁通りでまだ洋服店をされてる。ホンマあれから20何年経っても、まだやられてんのは、服屋の大変さを知る自分からしたらリスペクトでしかないわ。先輩まだまだ踏ん張ってくださいねw
その先輩に憧れて、ラップやっていて、超カッコ良くて、超ラップ上手くて、超モテるのに優しくて。そんなお兄ちゃんみたいな存在が、僕をここまで音楽と服に夢中にさせてくれた。悪い遊びから、クラブ遊び、女遊びやカルチャーや思想、レコードの掛け方まで沢山教えてくれた。
この人と出会ってなかったら、今の僕は間違いなくここにおれへん。どんな時でも自分の味方でいてくれた人。ドラッグに溺れてしまい、金銭トラブルで今はどっか行っちゃってもう会えないけど、いつか自分が有名になったら、きっとどっかで見ててくれるやろ。それが服も音楽も頑張れた原動力。早く会いたい。少しはあの頃よりかは成長したはずや。
あと、歴史を知る上でHIPHOPは欠かせへんけど、なんでここまでハマったのか。このカルチャーの魅力にハマったのは、コンプレックスをポジティブに変換できる点。自信なくてもRAPできたり、ダンスできたり、DJ出来たら前より少し人生楽しく自信持って生きられる。これはHIPHOPに限らずやけど、自分にとっては音楽と洋服がそれやった。それまで自分にはホンマ自信持てるもんなんて何もなかったから。
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