「傲慢と善良」辻村深月 読書感想文
最近は仕事がらみの実用書やノンフィクション(心理的なもの)をよく読んでいたが、なんだか疲れて(特に実用書、組織をどう変えていくか、みたいな本)、久々に小説でも読もうかなと思った。よく立ち寄る本屋が結構前から辻村深月フェアをやっていて文庫本が積まれているなか、どうしてこれを選んだのか。はっきりいえば、婚活アプリで男女が出会う、相手を値踏みするような婚活のリアルがわかる、といった前情報から好奇心みたいなものが湧き、読めそうだと思ったからだと思う。
それで、ですね。これ金曜日から読み始め、日曜夜に読了と、はやいペースで読みおえました。続きが気になり読んだ結果ハイペースになりましたが、読んでいてかなり具合が悪くなり、そしてはやくこの感想を、私の物語をnoteに書きたいと思いました。
婚活の疲れとか、リアルはまあよくわかる。まだアプリはなかったが、私も渦中にいたことがある。結婚を目的とする出会いが何と疲れることか。その時の出会いについては別記事で書きたい、いや書きたくたい。
私が今書きたいのはそれではなく、真美の母親がわたくしの母と重なったこと。辻村深月はこういう母親がいること、その娘が行き着く思考、失望みたいなものがもう、ほんともうわかっているようで。何でそんなわかるんですか、と問いたい。
でもそう辻村深月に問いたいのは、私だけでないようで(10代を主人公にした小説をかくと、なんで私の辛さがわかるのかと、聞かれるらしい)。また、辻村さんって、主人公が母親とうまくいってない設定の小説も書いてる。(その小説、NHKがドラマ化しようとしたら、原作の大事な部分が削がれていると、辻村氏からNGがでたらしい)だから、この話が特別ではないのかもしれないけど。
読みながら、うわー同じこと言われたし、やられたということがたくさんあった。狭い価値観で生きている、自分が正しいと信じて疑わない、とかそのまんま。「あなたは世間知らずだから」というような言葉も何度もいわれた。
「そうじゃない、あなたは何もわかってない。いい?お母さんわかるの。だってね…」そこに続く言葉がなんだったのか、もはや私は覚えてない。だって意識を飛ばしてたから。
真美が自分がなくなっていく、自分で決めることができなくなる、それも私と重なる。真美の学校や職も、私とほぼ変わらない。
真美は、実家と同県の女子大で、私もそうだった。真美がそれに近いように、私がその学校に進学した理由、というか受験しようと思ったきっかけは母だった。
2教科、国語と英語で受験できる大学がいい。でも、名のしれない偏差値の低い大学にとりあえずいくのはいやだと、当時の私は思っていた。たまたま近くにA女子大学があることを知り、母に「知ってる?」と聞いたら「知ってるわよ。A女子大でしょ。確か中高もある、昔からある良い学校よ」とか何とか言われた。偏差値は高くはないが特段低くもない。少し頑張れば受かりそうな圏内にある。そしてきっと、当時の私はこう考えた。母親が良いというなら、いい大学に違いないと。それで受けた。
親に勧められて良いと思ったから受けた。選んだのは自分なんだけど、でも気づくと親が良いと思う方向に動いていることが私の人生にはありすぎる。
就職もそうだった。大学4年になり就職活動をはじめた私に、母はこういった。
「あなたは色々たいへんなんだから、しばらく働かないで家にいれば」「あなたは普通の人のように働ける身体じゃないんだから」(当時、学校に通えていたが抗鬱剤を飲んでいたので、色々大変で普通じゃないと言いたかったらしい。そもそも鬱になったのは、幼い頃から安心する場が与えられず、常に緊張と不安があったからと今の私なら分かるが、母はそう考えない)そこには、あなたなんて認められる訳がない、就職して外でやっているわけない、という見下した目があった。そういう目でしか母は私をみられなかったんだと思う。だってあの人自身が、社会とうまくやっていけない人だったから。だから娘の私が出来るなんて、信じられない。
私は怒り、むきになり就職活動を続けたが、正式採用にはいたらなかった。アルバイトという形で大手衣服メーカーの販売員として契約し、卒業後は百貨店で婦人服を売った。でもそれも半年で力尽き、次に見つけた地下街の格安婦人服の販売員の仕事は、2ヶ月しか続かなかった。冬物衣料の安いアクリル毛糸が私には合わなかった。ひどいくしゃみと鼻水におそわれ、当時はマスクをするという選択も思いつかず、無理をしたら仕事中に蕁麻疹がでたのに早退したいと言えなかった。38度の熱をだしても「ごめん、今日先に○○さんが体調崩して休むって連絡があった。悪いけど人がいないから来て」といわれた。
仕事をやめよう、やめてもいいと思えたのは、やっぱり相談してしまったあの人の言葉もあるし、帰る家と働かなくても良い環境があったからだと思う。でもそれが果たして「幸せ」なことだったのかー。
上記の仕事については私の話で、真美の話ではない。しかし、この後の職歴が真美と重なる。私はその後、自ら見つけた市の児童館の臨時職員という立場を得るが、採用される前に母にどう思うか相談した。「市なら、ちゃんとしてるわよ、安心じゃない」そのようなことを言われたのだと思う。でも言われる前から、おそらく私は思っていた。「雇用が市ならちゃんとした職場だ、大丈夫」何をもって、ちゃんとした、というのかわからないが多分思っていた。そして、ここなら母も認めてくれると期待した。期待とおり母は認めてくれ私は安心を得ることができ、結果的であるがそこには長く勤めた。
一方、真美は県の臨時職員として働いていた。それは、父親の知り合いの議員からの紹介という形だったらしい。そこに自分の意思はなかったようだが、親の紹介だし県なら「ちゃんとした職場」だろうし大丈夫とか、そんな風に思ったのではないかな。なんか既視感。
また母の話に戻ると、帰りが遅いと不機嫌になり、「お父さんも〜」と自分でなく夫をだすとこもそっくり。
連日帰りの遅い私に向かい「お父さんがね、聞くの。バジルはまだかえってないのかって」朝帰りが多くなった私に向かい
「お父さんがね、またバジルは家にいないのかって聞くの。あなたね、お父さんに養ってもらってるんだから。もう少し考えなさい」
それとは別に。いつの、どの場面か忘れた。何かを私が自分でやろう、知られたくないから隠そうとして、でもバレたときだろうか。ため息をつく、もしくは悲しそうな、または神妙な顔をしながら「あなたね、なんだかんだいって、お母さんのお世話になるんだから。だからね〜しないとだめよ」その〜が、なんだったか思い出せない。私はそれが今とても悔しい。思い出せたら語れるのに。
小説のなかの真美母は、「真美が結婚するまでは、私がこの家でめんどうをみるってきめた」とかなんとか、いってた。似てる。
娘が異性と付き合うのを嫌悪しながら30すぎた娘に「だれかいい人いないの」と無邪気に聞き「いつまでも家にいちゃ困るの」と言う。
「だって心配だから!」となにかと心配、心配と騒ぎたて、自分の知らない、わからない選択をしようとする娘に自分の価値観の中で作られた物語を聞かせ、押し付ける。考える力を、選択肢を奪う。でもそれで良かったと勝ち誇る。
だってあなたは優しいから。あなたは人の上に立つタイプじゃないから。あなたもそう思わない?
あなたも本当は心配なんじゃない?だって〜でしょ?だからね、お母さんおもうの〜
最後のふたつは私の母のセリフ。でもそのまま真美母がいってもおかしくない。うちの母は小説の登場人物になれる人で、私はその娘。しかし真美は私と違う。
帰る家がなくなった真美、その先の物語が私には眩しい。狭く歪んだ価値観をもったあの人たちに幼少期も、10代、20代も支配され続けていたことに気づき、絶望する。気づいて絶望できたのは、自分の意思で住む場所、仕事、付き合う人を選ぶことができたから。
婚活のリアルを書いた話と前情報がありましたが、私には歪んだ親子関係や、共依存について、自立とはなにかについて、問われているような小説にみえました。あと結婚は自立の先にあるものだと、書かれているようにも思いました。私は自立せずして結婚してしまい、今になって色々気づき苦しくなって、でもどうしようもないので普段は忘れるように生活している。それなのに一気にブワーッと思い返された。