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辞書の話①~辞書を読む?「そして、僕はOEDを読んだ」

 ネットで「検索」すれば大概の事がわかる世の中なので、いまさら「辞書」を手元に置いて何かを「調べる」行為にどんな意味があるのか?と思う人も多いかも知れませんね。

 報道的・広報的な業務で語句の用法の確認や送りがなを正しく書くために、辞書的に「記者ハンドブック」なるものを取り出して「調べる」ことはありますが、普段の仕事での企画書づくりや書類作成にわざわざ「辞書」を持ち出して文章を書くことが少なくなったのは事実です。

 調べることを目的に「辞書」を活用する機会が減ったのですが、「辞書」にはもう一つの活用方法がある事も知られていますね。いや、あまり一般的でないかもしれませんが、「辞書」を「読む」ことです。そんなわけで自分の書棚にはなぜか「辞書」と「辞書に関する本」がたくさんあります。「調べる」だけならば最低限の一冊でよいのでしょうが、「読んだり」「比べたり」するのには複数の「辞書」が欠かせません。

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 そんな「辞書」を「読む」ことに関しての本があります。

「そして、僕はOEDを読んだ」

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 OEDはThe Oxford English Dictionaryの略でオックスフォード英語辞典のこと。そして書籍のタイトルには、ずばり「読んだ」とあります。OEDは2015年現在で手に入る最新版では、本体20巻と補遺3巻。世界中の多様な英語の用法を記述するほかに英語の歴史的発展も辿り、学術研究者に対して包括的な情報源を提供しているものです。

 このOEDを全巻読んだのが著者のアモン・シェイ。彼がOEDを読み通した中での出来事を時間軸に、見出し語の中であまりに特徴的な語彙を紹介しています。その語彙はおそらく我々が日常で使うことなどほとんどないようなもの。しかし、その語彙の裏には、人間臭さ、浪漫、葛藤、歴史などが見え隠れします。だからこそ「読む」ことに面白みを感じるのでしょう。

 この本にも紹介されている見出し語の中から少しだけご紹介しましょう。

Petrichor<名詞> 雨が長く降らず、乾燥していたところに雨が降り、その時に地面から上がってくる心地よいにおい

 本文には、『このPetrichorは最近の単語で、1964年に、イザベル・ジョイ・ベアとR・G・トーマスが書いた雑誌記事の中で使われたのが最初である。六、七年前、どこかで初めてこの単語を目にした時、「なんて可愛らしい単語なんだろう」と思わずつぶやいてしまった。』とあります。

 この雑誌とは「ネイチャー」のこと。ベアとトーマスの二人は鉱物学者で科学論文の中で造語として使用しています。元はギリシャ語で「石のエッセンス」という語源を持っている言葉で、二人は『長い間日照りが続いた後の最初の雨に伴う独特の香り』を「Petrichor/ペトリコール」と定義しました。『特定の植物から生じた油が地面が乾燥している時に粘土質の土壌や岩石の表面に吸着し、雨によって土壌や岩石から放出されることにより独特の匂いが発生する』のだそうです。

 実際の私たちの生活でもこの体験はありますよね。真夏にカラカラの天気で、ちょっとした空き地に夕立がしみ込んだ後、「ふわーっ」て香る匂い、ですよね。でも、日本語では一言で表せる単語は見当たりません。

 Advesperate<動詞> ほんの少し陽が傾き始める

 本文には、『この単語の実用性は、様々な角度から考えてみて、ほぼないと考えられる。というのも誰かが会話の中でこの単語を使っていたという記憶はないし、自分自身も「急ごう!ほんの少し陽が傾きかけてるぞ」なんて口にしたことがない・・・ことを切に願う。それでもこの単語は、僕に大きな喜びをもたらしてくれた。』と記しています。

 もちろん英語でこんな単語を使うことはないな、と同感はしたのですが、よくよく思い起してみたら日本語で、この語彙を使うシチュエーションがありました。いや、実際に使っていました。

 それはテレビの撮影の現場において。あるシーンを撮影していてコメントのNGが多くて何テイクも重ねていた時、カメラマンやディレクターが口にします。自分も使っていました。

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 映像に携わるものにとって「色温度」という概念はとても重要です。日陰は青っぽくて色温度が高く、夕焼けに染まるのは色温度が低いんですね。蛍光灯は色温度が高く、白熱電球は色温度が低い、というわけです。この色温度を合わせておかないと、編集した時、前後のカットの色合いが全く異なるものになって違和感が生じるのですね。だから、この「ほんの少し陽が傾きかけてる」という状況は撮影にとっては影響が大きいのです。

 「さあ、ほんの少し陽が傾きかけてきたから急ごう。色が合わなくなってあとで編集が大変だ。ほらなんとなく映像が赤みを帯び出来たから。よし、次が最後のテイク。気合い入れていこうね。」って、ほんとに言ってました。

 こうしてみると、日本語の五感表現の豊富さにも勝るとも劣らないものが英語の語彙にあることがわかります。

 あっ、なんだかOEDが欲しくなってきた・・・危ないアブナイ。これ以上、23巻もの辞書を置くスペースがない。しばらくは手元にある「コンサイスオックスフォードディクショナリー」でお茶を濁すとしましょう。

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最後までお読みいただきありがとうございました。

 ◇ロケ風景写真:medetaiさんによる写真ACからの写真


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