道
今、自分はスタンソープという街にいる。
シドニーから車で約9時間。
久々のロングドライブだった。
オーストラリアのハイウェイは栄えている海沿いは概ね2車線ある日本の高速道路のようだが、内陸のハイウェイは基本的に1車線の永遠に続く、一本道が多い。
内陸はステップ気候に近く、サバンナのような草原と木々がまばらにある風景を横目に最高のドライブができるので好きだ。
そこで紹介したいのが、Robert Adamsである。1937年に生まれた彼はアメリカ西部の変わりゆく情景をカメラを駆使し、表現した写真家だ。
彼の作品に『27 Roads』というものがあり、
27本の道が写されている。
自分は写真にはめっぽう疎く、知識も何もないが、たまたま、学生時代に読んでいた雑誌の後ろの方にこの写真集が紹介されていた。
当時、東京の喧騒に揉まれていたからか、何もないただの一本道に感銘を受けたのだろう。
書店を回って、立ち読みしたものである。
(購入はしなかったが...)
古いフィルムならではの白黒で写された孤独な道とオーストラリアの何もない田舎道がリンクする。いつか自分でも写真に収めてみたい景色である。
道に関連して、今度は1曲紹介したい。
のろしレコード 「道」
のろしレコードは折坂悠太、松井文、夜久一の3人からなるレーベル兼ユニットである。
この曲のサビの歌詞がとても印象的だ。
さびしいところ
なんにもないところ
ゆけどゆけども
なんにもないところ
まさしく、オーストラリアの田舎を表現したような哀愁の漂う歌詞である。しかし、面白いのは、彼らはこの歌詞に東京をイメージしているかもしれない点である。
Youtubeに折坂悠太のみのver.の「道」のMVが公開されている。東京から神奈川の海までの道のりを歩く青年の後ろ姿を追うように撮影されているものだ。
歌の1番は新宿や渋谷のネオン街を歩く青年を移しているのだが、東京のような人に溢れ、何でもあるような街なのに、どこか空虚で心寂しく、何も無いように感じる不思議を表現しているように自分は感じる。
椎名林檎も"東京は愛せど、何もない"と歌っていた。
なんにもない。
それは物理的に何もないのか、心理的に何もないのか。この問いに答えはないが、物寂しさに包まれる、この感覚が好きである。
なんて、カッコつけながら今日も生きていくのである。