日常に気が狂いそうです
生活は徐々に変わっていくはずなのだけれど、現状を見ると現状と地続きの未来を見るわけで、そして大卒となった今、イニシエーションといえば母親の何回忌くらいしかないので、そうなるとこの日常は永遠に続くと思っちゃう。
もちろん、固定して安定したものを求める自分もいる。バイトとか。けれども、安定した日常が続くとこれはこれで気が狂いそうになる。いつ救いが来るんや?って思う。いつ変化するんや?劇的に?運命の歯車はいつまわるんや?って思うけれども、運命はとっくに始まっている。けれどもその運命が辛いと気づいた時取るべき手段はリスカ!セックス!OD!自殺!(推奨しない。セックス以外は)
そういえば、一昨日あたり、パニ障(パニック障害)と双極性障害の薬が切れて、切れた途端(理由もなく)メンタルが死んだのでした。ああ、このメンタルで生きている人もいるんだと思うと、そりゃ無理よと思った。僕はすぐに薬を飲み、安定した心を手に入れて、脳の機能障害ってめんどくさって思った。因果関係があるメンタルブレイクもあるけれど、大体が機能障害じゃないかなとか思う。特に僕は、薬飲まないとすぐメンブレするので。メンブレした時に思ったことは、鬱で生きている人ってすごいなあってこと。自殺したい人とかも多分鬱なんじゃないか。薬飲めば一発!って思ってしまう自分がいる。コンビニ感覚でメンクリに行こう。だってコンビニとメンクリは響きが似ている。
僕は偽善者になりたくないし、もう被害者ぶりたくないし、可哀想な人間になりたくない。それは決してそういう人たちを蔑んでいるわけではない。ただの生存戦略だ。例えば、母親が死んだ事実が僕にあるけれど、それを利用して可哀想な人にはなりたくない。いや実際多分可哀想な部類ではあるのだけれど、(相対的に僕より可哀想な人がいるから、とか絶対に言わない)そんなことは現実においてどうでもよくて、ただ自分が惨めになるだけだから。劣等感とかではなくて、それに自分の身体が耐えられないというだけ。
被害者意識と可哀想な人間のレッテルはほとんどイコールで、それを慰める人という図を描いたらもう!自身を可哀想だと思う可哀想な人とその可哀想な人を慰める自分が好きな慰める人という図ができるはずで、というのは性格が悪いのだけれど、僕たちはリスカとかODとか自殺を振り回して、世界に対して受動的、被害者であろうとする。けれども、本当にあるのはその加害性じゃないのか。受動的であるということで何もしないという加害性。或いは受動的であれば悪いのは自身の目に見える範囲での「世界」になるのだから、その世界に対して復讐という加害。でも死ぬ前に何か一つ抵抗をしたいよね。っていうのも仮に理解したとして、僕には何もできない。メンヘラが友達にいたとしたらすぐに慰めるし肯定するだろうが、ここに書くのは知らない誰かに向けて、なのでここは自由にやる。この世にはメンヘラでないくせに加害性を持つ奴が沢山いる。大体はそいつらのせいで世界はできている。でも、そんな奴のために死ぬんか?どうせ自殺という方法で加害するのなら、もっと派手にやれ、と思う。それも自覚的に。もしかしたらメンヘラは優しいので、自覚的になると加害できないかもしれないが、自分を傷つける分くらい相手を傷つけても良いよ。と一旦許可を僕が出しておくので、安心して加害しなさい。とだけ言っておく。ただそうなると自殺するくらいの人は、人を殺して良いことになってしまうので、それはやめて欲しい。ただ怒りを適切にアピールしなければならない。ただ優しくしたって、褒められるだけだ。それが何の意味になる。適切な方法でやり返そう。とこれだと、いじめの話になってしまうから、話を一旦戻す。まあつまり、世界に対して被害者なのならば、自分に他者を傷つける許可を出そうということだ。(それはできれば暴力ではない。言葉や自身の振る舞いで)
多分、誰からも迷惑ではない生き方って存在しなくて、生きるだけで迷惑だったりするんだけれど、その迷惑性というのは見方を変えれば、祝福でもある。というのも、君が生きているだけで良いと思っている人はいるからだ。(それは僕も含めて)だったらもっと迷惑かけようぜ!ってことで、今僕は親に借金が三十万円ほどあって、その借金で詩集を作りました。
迷惑かけたら罪悪感がある優しい人なのかもしれない君は。けれども何より恐れているのは、君が死ぬことです。面白くないから。マジで。だったら罪悪感を感じる優しい人のままで迷惑というか加害しまくろうぜ(犯罪はダメよ)
日常に気が狂わない方法は、気が狂うことだという逆説的なことを言っておく。日常に狂っていない人の方が狂ってる。どちらにせよ狂うなら、楽しい方に流された方がいい。人生は長いし人はいつか死ぬ。逆にいえば、未来について死ぬことしか決まっていない。優しい人は罪悪感を持ちながら加害して、迷惑かけて、ゆっくりと自分のペースで生きよう。いや別に死んでもいいけど、僕は嫌がるし悲しくなるだろう。引き止める手段が感情論になるのはどうにもならない性だ。
そして僕は何よりもこの文章の感想を読むことを望んでいる。そうじゃないと気が狂っちゃう!(感想くれないのでモチベがありません)