【スケッチ】心のいろ 心のかたち
篠田桃紅「風の影」 1994年 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
現実に、人は、どの様にして心象風景を言葉にのせているのでしょうか?
例えば、以下の手順が考えられます。
①何かの景観を眺望したことの経験から
②視覚的なものを通して
③内面的な感覚が生まれ
④それが視覚的な表現に繋がって
⑤言葉に置き換えられる
その過程で、特に、重要な項目が記憶です。
この記憶を、忠実に表わすことにおいて、古の人たちが大切にしたのが、ぼんやりと見えている現象を表す霞等の言葉だったそうです。
私たちの心象風景を作る基となった要素には、大切なファクターがあります。
それは、雨の仲間である霧・靄・霞・露・霜の言葉たちです。
これらの言葉のフィルターを通して、目に映る光景を眺めることによリ、主張の少ない色(グレー)でもあるので、気持ちを落ち着かせたり、シンプルで洗練されたイメージを与えたりするなどの効果によって、私たちの奥の事物(記憶・感情・心等)の色彩が穏やかに表れてきます。
それは、古の人たちが、現代人よりも、中間色(例:黒と白を混ぜた色である灰色・グレー)をより美しいと感じていた美的感性が、何よりも強く関わっていた事に起因しているのではないかと言われています。
そして、闇の「いろ」も、また、心象風景の「いろ」であり、日本人特有の繊細な色彩把握(感性)の原点となっており、
①水墨画における茶墨
②青墨を使用する日本独特の墨彩色
③黒・灰色系の色
■玄
「玄というのはまた、一筆の濃墨で書くのではなく、淡い墨を重ねて刻していき、真っ黒の一歩手前で控えた色。」(篠田桃紅「桃紅 私というひとり」より)
「私もこどもたちのお絵描き先生をしているとき、絵の具で黒は使わないように教えてきました。一般的に子どもたちが使う黒い絵の具は、パレットに落とされ、水入れで筆を洗ったとたんに、一気に色が濁り他の色にも強く影響してしまいます。だから、黒は、群青色と焦げ茶色で創ります。そうすると、茶が多いと少し赤みを帯びた黒(濃いグレー)に、群青が多いと青みがかった黒になります。少し明るさがでて、逆に黒の深みを感じます。真っ黒に混色ができたときの喜びもまた楽し。他の色を邪魔せず、いい具合に他の色を引き立てる。そんな黒になります。」(篠田桃紅「105歳、死ねないのも困るのよ」より)
篠田桃紅作品紹介
■檳榔子黒
■漆黒
■涅色
■濡羽色
■相済茶
■藍墨茶
■呂色
■檳榔子染
きわめて気品のある色で別名「檳榔子黒(びんろうじぐろ)」とも呼ばれました。
■墨色
■黒橡
「万葉集」にある「橡の衣」とは、この黒橡色の衣のことです。
■黒鳶
■浅葱鼠
■紺鼠
■白銅色
■空色鼠
■小町鼠
■嵯峨鼠
■鈍色
■錫色
■丼鼠
■銀色
■素鼠
■銀鼠
■白鼠
■柳鼠
■鉛色
■薄墨色
■消炭色
■紅消鼠
■鳩羽鼠
■灰汁色
■灰色
■鼠色
等へと発展してきました。
また、小さな空虚な闇の中を見る者にとっての「いろ」は、「枕草子」の中で、以下のように表現されており、
「夏は夜。
月のころはさらなり。
闇もなほ、ほたるのおほく飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし。」
もう、こうはなかなか書けないし、リズムや情感が抜群で、やはり、最後の「をかし」が効いていると思います。
この枕草子の「をかし」については、「物の形状・色彩・光線・音・香り・肌触りなど、感覚的な美を表し、または主知的な目で自然や人生を見る場合の平安朝的美の体系を示す」と定義されていましたね。
また、古の人たちにおける「あはれ」の美的感性。
その根底には、やはり、目に見えない不可視の心の「いろ」や、「空」を内面的には追い求めていく意識が存在していたと言われています。
日本人は、各時代で、目に見えない心のいろを求め続け、その時代において作られた色調への感性により、
・白に限りなく近い色調
・黒や濃色に近づける色調
・色をリンクする役割を果たしてくれる色調の灰色
など、幅広いグラデーションの色幅ができた精神性を獲得してきました。
それらの色調を。
心象風景として感じ取れる感性を。
まだまだ、感じ取るまでには至らないけど、大切に育てて、継承していきたいですね(^^)
【BGM】
この音楽は、ローランサンと同時代の女性作曲家で、詩人ジャン・コクトーに「耳のマリー・ローランサン」と呼ばれたジェルメーヌ・タイユフェールの「野外遊戯」と言う楽曲です。
【参考記事】