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⚾️もし、私が母と一緒に野球をみていたら。

相も変わらず、呆れるほど球場に通う日々です。


現地に着くとたくさんの保護者の方に会います。ありがたいことに顔を覚えていただき、選手のこと野球のこと、ああでもないこうでもないと話をする機会があります。

かつての私は保護者の皆様と同じく、家族(選手)を応援する側でした。弟に声援を送り、結果に一喜一憂。勝てば喜び、負ければ悔しがり、毎週末がジェットコースター。そんな出来事がつい昨日のことのように感じます。

そんなこんな、昔の話(経験)があってか『野球と家族』の関係には人一倍敏感です。

息子の活躍を喜び涙するお母さん。
小さくガッツポーズをするお父さん。
優しく微笑むおじいちゃん、おばあちゃん。
息子に気配を感じさせまいと、遠くから見守る家族。
時には落胆する姿。


様々な人、光景を目にしてきました。


そんなこともあって、過去の自分の出来事から、家族の皆様のことが気になって仕方ありません。


最近、あることに気が付いたんです。


もし、私が母と一緒に野球をみていたら。
もし、私が父と一緒に野球をみていたら。

目の前にいるのが、自分の弟だったら。

そんな視点で野球をみている、ということに。

もっというと、かつての自分と重ねて選手を応援しているのです。


私は、良くも悪くも感情移入しやすい性分です。感受性が豊かといえば、幾分聞こえはいいかもしれません。

そんなこともあり、選手の活躍や成功は、自分のことのように嬉しく思います。また保護者の皆様のことを想像すると、勝手ながらホッとした気持ちにもなります。

逆に、選手へのちょっとしたイジリなんかは真に受けて傷つきます。身内の悪口をいわれると嫌な気分になるのと同じです。ヤジなんて飛ばされた日には「どの口がいってんだ、お前ぶっ飛ばすぞ」くらいは心の中で思っています。


そんな私、ファインプレーやホームランを打った瞬間、どこを見ているでしょうか。

もちろん、素敵な瞬間を残すために選手を追っているのは間違いありません。

シャッターを切ったあと、すぐさま(わかれば)ご家族のいる方に目をやります。お前どの立場でモノ言ってんだよ、というコメントはさておき『本当に良かった』と心から安心しています。年を重ねて涙もろくなったのか、その光景を見て涙をすることもあります。

試合が終わると、嬉しさのあまりご家族に「良かったですね」と話しかけてしまうことがあります。本当にそう思っているのはもちろんですが、他にも理由があります。


そうやって、自分の両親にも声をかけたかった。
それができる姉でありたかった。

過去の自分への思いが投影されています。


私と弟たちは二歳違い。彼らが野球を始めたのは10歳。私は12歳(小学校の6年生)。それから高校三年間の18歳まで彼らは続けたので、私は20歳。当時、ここまで想像力を働かせることなんてできませんでした。

自分の同級生は夏休みに家族旅行。私の向かう先は常に(意思と関係なく)球場。自宅で留守番しているときはあらゆる家事をこなし、家族の帰りを待ちます。募る不満、文句ばかりの日々。優しい一言も、労わりの言葉もかけられませんでした。

もちろん球場に行けば楽しいこともありました。弟たちの活躍も嬉しかったですし、勝てば一緒に喜びました。でも、やっぱり思春期だったからでしょうか。そう簡単に納得することはできませんでした。


今振り返ったら、他にできたことがあったんじゃないか。
もっと両親や兄弟をサポートできたんじゃないか。

そんなふうに感じています。

それにもし、今のように当時写真が撮れていたら。なんて、今の自分が過去にいたらよかったのにと思ってしまいます。

自分の家族にしたかったことをやっている。
私の活動の原点はこれかもしれません。


もし、私が母と一緒に野球をみていたら。
もし、私が父と一緒に野球をみていたら。

きっと今だったら、もっと応援できていたと思います。


両親は私たち姉弟にずっと説いてきました。

人からもらった優しさは、直接本人に返すだけではいけないよ。困っている人がいたら、同じようにすること。優しさは必ず連鎖するから。

弟たちの野球を通して、様々なことを学びました。彼らを応援してくれる人から、たくさんの優しさをもらいました。両親からもたくさんの愛情を受けましたが、当時理解できなかったことがたくさんあります。

直接両親に返すことはもちろん、そのときにできなかったことを今、当時の私や家族に似た境遇にある保護者の皆様に還元できたらと考えています。

最後に。

私がよく球場でブラックコーヒーを飲んでいるのは、別に好きだからではありません。

小学校の頃。少年野球についていくと、きまって保護者の方がコーヒーを入れてくれました。反抗期に片足突っ込んでいた私は、恥ずかしさから「砂糖とミルクがほしい」といえませんでした。そういわないものだから、無糖のコーヒーが好きなんだと思われてしまったのです。おいしいわけないじゃん、子どもなのに。

その苦い味が、なんとなく『球場にいる』と感じさせてくれます。その懐かしさが心地良いのか、常にブラックコーヒーを片手にもっています。そんな余談。

いつまでこの生活ができるかわかりません。野球場にいく限りは、優しさを失わずにいようと思います。球場にいなくても、ね。優しさは連鎖すると信じているので。


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