2人の女の覚悟。善児はとんでもない人を斬っていきました。第20回「帰ってきた義経」見どころ振り返り!【鎌倉殿の13人】
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第20回の感想です。
(※以下、ネタバレ注意)
どこを切り取っても「神回」だったと思うんですよね。
まぁ、予告の段階でも予想されていた、「源義経」の最期を描いた回でございます。「源義経」と言えば、日本昔話で『牛若丸』としても描かれている超人気キャラクター。
大体、「くらま寺でテングに育てられ、京都で弁慶を仲間にして、やがては兄・頼朝と手を取り合って、父の仇である平氏を打ち滅ぼしました、めでたしめでたし」と、多少ファンタジーも交えて語られるわけですが。
けれど「めでたし」のその後は、兄と仲違いして死に追いやられるという悲劇エンドに続くのも、これまた有名。
ただ頼朝に直接手を下されたわけではなく、最後に追い詰めたのが奥州藤原氏の当主・秀衡亡きあとの嫡子・泰衡だったというのも史実通りです。
しかし今回の大河ドラマの脚本の中では、そこに至る経緯も「生かして連れて帰るな。だが、決して直に手を下してはならん。国衡と泰衡を焚きつけて九朗を討たせよ。我らが攻め入る大義名分をつくる」と、やはり頼朝の思惑通りだったように描かれていました。
「あくどいか。あくどいよのう」ドラマ冒頭シーンでそう寂し気に語る頼朝ですが、「この日の本から、鎌倉の敵を一掃する。やらねば戦は終わらぬ。新しい世を作るためじゃ」と義時に語ります。これはどちらかと言えば、義時に語っていると言うよりも、頼朝が自分自身に言い聞かせているようなシーンにも見て取れました。
義時も、本来であれば義経を生かして連れて帰るつもりで奥州行きを志願したのかもしれません。しかし、最終的に頼朝の命令をまっとうしたのは、彼の「新しい世を作るため」の言葉で覚悟を決めたからのような気もしています。
もうそこには、情に厚い青年・義時の姿はありません。もっと言えば、第15回で上総介(かずさのすけ)が頼朝の謀りごとによって命を落とす回から、義時は完全に頼朝と同じ思考、言ってみれば「ダークサイド」に堕ちてしまったようにも思えます。
ただ、もしダークサイドに堕ちておらず、今回の義時・善児の「地獄の奥州ツアー」で義時が義経に情を見せてしまったとしたら、善児に殺されていたのは義時だったかもしれないと思うと、それはそれでゾッとします。
※
さて、奥州に着いた義時。もう鎌倉を攻めるつもりはないと言う義経に、静御前の行く末を語って、頼朝への怒りを焚きつけます。ついうっかり口を滑らせちゃった、という体ではありますが、これが実は義時の思惑通り。
さらに泰衡のもとへ行き、「(義経の)鎌倉への憎しみが、抑え切れぬところまで膨らんでおられます」と泰衡を焚きつけにかかるわけですが、そこで「兄上、なりませぬ!」と義時のたくらみを阻止しにかかったのは、泰衡の異母弟・藤原頼衡。
今回は暗殺者・善児が、その頼衡を手に掛けます。一撃必殺! 鮮やかすぎてヤバかったけどさ。ちょっと、とんでもない人を殺めちゃったのよね。その辺の一兵卒とかじゃなくて、泰衡の身内でしょ?
ただ念のため調べてみましたが、この藤原頼衡という人物、史実では存在そのものがハッキリしないところもあるそうな。
一応、「泰衡によって誅されたとしている」そうではありますが、「討たれた理由について『尊卑分脈』に記述はない」とのこと。これもまた三谷劇場の中ではうまいこと「解釈」されて散っていったキャラクターとなりました。
さて、善児と共に屋敷を出ていく義時。「種は撒いた」なんて語りますが、本当、今までこんな策略やる人じゃなかったでしょうよ。マジでどうしちゃったの義時!? と、「成長っぷり?」なのか「闇堕ちっぷり?」にゾゾゾッとしちゃう展開です。マッチポンプ義時の誕生やで。
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史実と違う脚本に関しては、前回の僕のレビュー記事にも載せた「土佐坊の襲撃」の下りですが。
これも、今回の物語の中で、まさか里の口から義経本人に打ち明けられるという展開になってしまいました。SNSでは「なんで言っちゃうの?」と疑問を抱いちゃう方もいらっしゃったみたいですが、これを里に言わせたのも、里自身の「女の覚悟」だったと思うんですよね。
静御前は、義経の側室だなんて言わなければ、そして美しい舞を披露しなければ、生んだ子供も助かったかもしれないものを、言ってしまう。それも「女の覚悟」ですが。正室・里の「覚悟」もまた美しく、そして儚いものでした。
物語の構造としてもですね、もしあのまま里が義経に明かさないで、「共にあの世へ行きましょう」だなんて言って死んでいったとすれば、視聴者からのヘイトがハンパないことになってたと思うんですよね。「あいつ、最後まで悪女だった。ムカつくキャラやな!」と。
しかしそうはならなかった。怒りに駆られた義経が里を刺し、里が倒れた瞬間、我に返ったように哀しむ義経。「すまん」と言って、ようやく気づいたのでしょう。悪いのは里を最初から最後まで愛してやれなかった自分自身だということに。こんな風に里(=郷御前)の最期が、ドラマで丁寧に描かれることもあまり無いということもSNSでは話題になっていました。
前回は「三浦透子さんを悪女にするのはヤメテw」と書きましたが、悪女のままで終わらせてくれなくて、本当にありがとうございました。
※
ドラマのラストは、持ち帰られた義経の首桶を前に、「九郎、九郎、話してくれ、九郎、九郎~。すまぬ、九郎、九郎」と泣き叫ぶ頼朝の姿が。このシーン、本当にアンビバレンスですよね。
ひょっとしたら、若い視聴者の中には「義経が死んだのも、頼朝、お前が謀った結果じゃないか」と感想を抱いた方もいらっしゃるかもしれませんが。頼朝が心の底から義経を殺したかったわけがないじゃないですか。ずっと会いたかったに決まっています。できれば、生きたまま。
しかし後白河法皇に翻弄され、最後は奥州藤原氏に翻弄された兄弟の仲。生きたまま再会したとすれば、そのときは互いに刀を交える以外はありえないわけです。戦となれば、頼朝・義経だけでなく、互いが従える多くの兵たちも戦うことになります。源氏方に従っていた、たくさんの味方同士も殺し合うことになります。それは絶対に阻止せねばならない。
これも「やらねば戦は終わらぬ。新しい世を作るためじゃ」と、またこの言葉に帰結します。
今回のタイトル、「帰ってきた義経」ではありますが。冒頭は「平泉に」帰ってきた義経でしたが、ラストは「鎌倉に」、生首となって帰ってきた義経でした。
果たして、義経にとって本当の意味での「帰る場所」とは、平泉か、鎌倉か、どちらだったのでしょうか。変わり果てた姿となっても、兄の元に帰ってこれた義経は幸せだったのでしょうか。いろんな思いが溢れすぎて、感情がぐちゃぐちゃになる最期でした。
てか、来週からどんな感情で頼朝や義時を見たらいいんだろう。まじで「義経ロス」になるっす……。
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