『ある男』を読み終えて
『ある男』を読了しました。
城戸のように、Xの正体が気になりつつも、Xの全てが分からなくても、Xを愛することは可能なのではないかと思いました。
Xの過去が知りたくて、急いで読み進めたくなる時もあれば、名前や経歴を偽ったまま、里枝と出会い、共に過ごしていた頃のXの印象が、後ろ暗く変わってしまわなければ良いのになと願いたくなる時もありました。
Xの過去がどんなものであれ、里枝と一緒に居た時間は、Xにとっても、里枝にとっても、幸せだったのだと信じられます。
その幸せは、幸せなまま、里枝の心の中にあり続けてくれたら、Xの偽りを前向きに受け入れられるのではないかと思います。
Xと里枝との関係、城戸と香織との関係、美涼と大祐との関係が、重奏のように展開されていて、それぞれの関係が、ふとした瞬間に変わっていきますが、その描き方が、私は、とても好きです。
平野啓一郎さんの作品では、女性の登場人物の描写が高く評価されていますが、場面が明るくなったり、涙腺が緩むのは、子ども(未成年)の登場人物のおかげでもあるのでしょう。
文学を通じて、人生の困難の克服の方法を見つけ出す悠人に、母親の里枝でなくとも、涙せずにはいられません。
『ある男』は、ただのミステリー小説ではありません。
人種差別や死刑制度、無戸籍など、根深くて、けれども、目を背け続ける訳にはいかない社会問題に対する、作者の思いが込められています。
一度の読了で、内容を理解した気にならず、繰り返し読むことで、視野を広げ、作品の深みに気付いて欲しい。
そんな一冊になっています。
『ある男』特設サイト|平野啓一郎
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