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父記録 2023/5/9

5/9
仕事を早抜けして犬たちをワクチンに連れてゆき、自宅に戻してから父の病院へ。
病院から病院へ。

今日は母がおやすみ。
父は穏やかな顔をしていた。
ゆっくりゆっくり手を動かして、何かを食べる仕草や、ネックレスを組むような動作をおぼろげに繰り返している。
たまに何かを言うが聞き取れない。吐く息にかすかに子音が乗ったような音。唇や舌が動いているから、喋ってるんだなと分かる。
けれど、聞き取れない。
父の足を揉む。今日の足は冷たかった。
左の親指を揉むと足を曲げて「いたいよ」と言った。
以前はあまり反応なかったのに、ここ数日足の親指を揉むと痛がる。
親指は頭の反射区だから、つい揉んでしまう。
ぼんやりと父の横顔を眺めた。痩せこけたし、病院の寝巻きだし、鼻に管通ってるし鼻と頬に肌色テープ貼ってるけど、なかなかいい顔をしているな、と思った。
イケ父だ。
イケ父を色んな角度から眺めた。
テレビは銀座の強盗を嘆いていた。
うちにはロレックスもクロムハーツもないけど、一応貴金属店だから怖いね。

ココアなめる?と訊くと父はコクリ、コクリと2回頷いた。
「バンホーテンのココア。いい匂いだね。お母さんが買ってきたの。お父さん、チョコレート食べたいって言ってたから。似てるでしょう」
と言うとふわーっと笑った。
テレビは卵不足を嘆いていた。
一人の面会は静かだ。
父の頭と耳を軽く揉んだ。
良くなれ良くなれと思うとついつい力が入ってしまうので、努めて柔らかく揉んだ。
気持ちいいんだかどうなんだか分からない。
ふわふわと、たまに何か言いながらゆっくり手を動かしている。

もう病院閉まるから、帰らなきゃ。最後にもう一度ココアなめる? 
「な め る よ〜」
かすかだけど聞き取れる答えが返ってきた。
ココアを唇と舌先に付けると父はもぐもぐと味わっていた。
また、あした。
明日は桃ジュースにしようか。

無性にお腹が空いて、病院の近くのマイナーなファミレスに入って「白魚と春キャベツのペペロンチーノ」を注文した。
お父さんごめん、オレは食う。
食べ終わってから、犬たちにごはんをあげていないことに気付いた。
犬たちごめん、すぐ帰る。

帰り道、救急車が後ろから来て私の車の横をすり抜け走って行った。
がんばれ、がんばれ。

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