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祈りの雨を待っている #青ブラ文学部

今回はこちらの企画に参加させていただきます。

山根さん、今回も宜しくお願い致します。




「祈りの雨を待ってるの」
 少女はそう答えた。

 公園前の交差点、少女はそこに立っていた。
 男は公園内の喫煙所から何気なく交差点を眺めていた。歩行者用の信号が青になっても少女は渡る素振りがない。そして信号は赤に変わる。男が缶コーヒーと一緒に2本の煙草を吸っている間、少女は立ち続け信号は変わり続けた。

 男は非番の警察官であった。職業柄、人々の動きの異変には敏感だ。小学生と思われる少女は、白いブラウスに黒のスカート、赤いバレエシューズを履いていた。月曜日の昼の2時、低学年の小学生なら下校していても不思議はない。気になったのは、少女はランドセルを背負ってなく手には赤色の傘だけを持っていることだった。晴れているのにだ。
 なんとなく気にかかり、男は声をかけることにした。

「なにしてるの?」男は優しい声で訊ねた。
「待ってるの」
「誰を待ってるの?」
「祈りの雨を待ってるの」少女はそう答えた。
「祈りの雨?」男は首を傾げて少女の表情を確認した。
「祈りの雨を待ってるの」少女は男と目も合わせずもう一度そう言った。
「学校は?」男がそう訊くと、少女は急に警戒心を強め男の目を見た。
「学校は今日休んだの」先程よりも小さい声で少女は言った。
「そう、一人? お母さんは?」
「お母さんを待ってるの」
「なに、迷子になっちゃった?」
「お母さんはもういないの」悲しげな表情で少女がそう言ったので、男は困ったなと思った。管轄外だが近くの派出所に連れていこうかと考えた。
「お家は近いの?」
「うん、でも雨が降るまで待ってるの」
 あきらかに言動がおかしいので、男はやはり派出所まで連れていこうと思った。
「天気予報だとね、今日は雨は降らないよ」男がそう言うと、少女はまた悲しげな表情になった。
「そうなの? じゃあ帰る」少女は男に背を向けて歩き出してしまった。
「一人で帰れるの?」男が背中に向かって声をかけても少女は振り返ることなく、そのまま歩いていった。
 しばらくその背中を眺めていたが、少女が右に曲がり姿は見えなくなった。
 気にはなったが、今のところ事件性はないと踏んで男も帰ることにした。

 公園内の駐車場で男は自分の車に乗り込んだ。エンジンをかけるとカーステレオから音楽が流れた。
 カーペンターズの『雨の日と月曜日は』
  1971年、男が生まれる前の曲である。ポール・ウィリアムズとロジャー・ニコルズのコンビによる楽曲。作詞家のポール・ウィリアムズのセルフカバーバージョンも素晴らしい。
 フロンガラスに水滴が落ちた。……天気雨? 雨が激しくなってきて男はワイパーを動かした。
 男は先程の少女のことを想った。カレンは歌い続けていた。


(了)

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