2020年公開 北欧映画を振りかえる 映画祭篇「ぴあフィルムフェスティバル・ロイ・アンダーソン監督特集~素敵なにんげんたち~」 (9/12〜26 国立映画アーカイブ)で観た6プログラム。
●『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』
1本目に観たのは、デビュー作『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』(1970年)。昔一度観た記憶がうっすらとありますが、そのときのタイトルは『純愛日記』。日本公開は71年です。『小さな恋のメロディ』とほぼ同時公開。同じ少年と少女の恋、という、たぶん便乗商法かと思います。
療養所に入院する祖父を家族と訪ねた15歳の少年ペールが、たまたまそこで出会った年下の美少女アニカに一目惚れ。町に帰ってから再会し、付き合いを始め…という典型的なボーイ・ミーツ・ガールドラマです。声をかける前の、お互いが気になって、チラ見して、目をそらし、またチラ見。相手も同じくチラ見する。それを繰り返す、もどかしい感じがいいですね。
ペール君は(知り合いの噺家さんを若くした感じの)愛嬌のある顔の少年ですが、アニカのロルフ・ソールマンがとびきりかわいらしい。『リトル・ロマンス』のダイアン・レインに似た美少女です。ペール君の友達役で、『ベニスに死す』のビョルン・ヨーハン・アンドレセンがでています。
このラブストーリーはどうということはありません。性描写はありませんが、なにせ、フリーセックスの国ですから、決して「純愛日記」ではありませんが。
観直して面白かったのは、そのふたりの話ではなく、映画の終盤。ペール君の家の別荘で開かれる、ザリガニ・パーティーのシーンです。茹でたザリガニを山盛りにし、飲めや歌えやの大騒ぎをするスウェーデンの夏の風物詩。変な三角帽をつけ、ザリガニが描かれたエプロンをつけ、手づかみでむしゃむしゃやる食べるパーティー。その席に、アニカとその両親もよばれます。このアニカの父親のキャラが、いや、ペールの父親もどこか変だが、実に変っていています。このパーティーの客の描写、そして彼らが深夜に、霧の中、湖になぜか釣りにいくあたり、不思議なムードがいっぱい。実はアンダーソンがやりたかったのはこっちでは、と思いたくなります。あやしげな映画です。
日本公開時、オリジナルから20分カットした、といいますが、おそらくそのあたりをばっさりやったのでは、と想像します。日本配給は松竹映配。あたまを抱え、不可解な部分をカットし、『純愛日記』に仕立てあげたのでしょう。
さらにネットで調べていると、音楽も謎、です。
もうひとつ謎。PFFのパンフにも「ベルリン国際映画祭で高い評価を受け、4賞を受賞した」と書かれているのですが。この作品がコンペ部門に出品された、第20回ベルリン国際映画祭は、ドイツのコンペ出品作が物議をかもし、審査員が辞任し、金熊賞をはじめとする各賞の選出は行われなかった、といいます。ウィキでは、「ジャーナリスト特別賞など4つの賞」と書かれています。何か、主要部門に変わる特別な賞がその年あったんでしょうね。
●『散歩する惑星』
全編不条理ムード漂う、ロイ・アンダーソン世界全開の映画です。
日焼けベッドから顔をださずに500人のリストラを命ずる経営者。へいこらとそれを聞く会社幹部。未遅刻無欠勤が誇りの中年会社員がその幹部に呼び出されて家をでる。ガウンをはおっただけ、まるで下着のようなゴオモー、たれた乳房の妻が見送る。リストラを受け、廊下で上司のズボンに追いすがる中年会社員。ドアを小開けにしてそのやりとりを見る同僚。地下鉄のなかでまるでゾンビのような中年男が絶望的な顔をして立っている。周りの客は白塗りでオペラを歌っている…。
可哀想なひとばかり、次々と出てきます。その姿、背景、すべて絵になるというか、印象的なショットばかり。地下鉄の中年男がどうやら主人公のようですが、それでストーリーを展開しているわけではありません。世紀末感のある変な世界ですが、どこか不思議なユーモアがあります。
監督第2作の『ギリアップ』が興行的にも作品評価的にも大失敗したあと、せっせとCM作りに精をだし、お金をためて、20年ぶりに撮った作品。カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、作品もヒット。アンダーソンはこれで映画界に復帰したのでした。
●『愛おしき隣人』
原題が『You、the Living』。監督のインタビューでは、ゲーテの詩からとったといっていましたね。ネットで見つけた情報では、冒頭にでる警句は
「だから君、生きているんだからこの愛を熱くはぐくむ街で楽しむのだよ。黄泉の河の水が急ぎ行く君の足をぬらすまえに。」(粉川哲夫訳)
というもの。
とはいえ、ロイ・アンダーソンですから、単純な人生讃歌ではありません。
この映画でも、小さなエピソードを重ねていきます。登場人物は何度も出る人もいるし、微妙に重なってもいます。
ソファで寝ていて、飛び起き、爆撃機が襲撃してくる夢をみた、という中年男…。
公園で夫とワンちゃんと散歩中に、突然、私は誰からも愛されていないと怒りだす中年婦人。夫はなんとかとりなそうとするのですが…。
小学校の女性教師が、教室をとびだし、夫に「クソババア」と詰られたと泣き出す…。
布地を売る商店の店員は、妻を「クソババア」とよんでしまったことをくやんでいる…。。
ロックバンドのギタリストとの結婚を夢見る娘…。
高級な陶器のおかれたテーブルで、テーブルクロス抜きをやり、大失敗する男…。
彼はその後、裁判にかかり、死刑を宣告されてしまう…。
チューバを吹く男、うるさいぞとモップで天井をたたく下の階の男、その光景を向かいのビルから眺める男…。
人生に不満を持つ患者の嘆きを27年間もきいてきて、疲れはてたという精神科医…。
そんな登場人物が、通うバーでは、いつも営業時間の終わりになると。
バーテンダーが鐘をならして、叫ぶ。「ラストオーダー! また明日もあるからね」。
普通の人々の生活をデフォルメしてコミカルに描いています。スタジオで撮影。つまり、どれも作り込まれた、凝った映像です。ギタリストとの結婚を夢想した娘が見た夢のシーンなんて、もうすばらしいのいひとこと。原則として、プロの役者は使わず、一般人を多く起用しています。ごくふつうの、町のどこかで見かける人々。心温まるでもハートウォーミングでもないけれど。明日はあるさ、とは思えるコメディです。いや、あのラストだと思えないか。
●『さよなら、人類』
今回のPFF「ロイ・アンダーソン監督コンプリート特集」では、毎作品、この催しのために、監督自身が「自作を語る」インタビューがついています。そのなかで、アンダーソンは「自分の作品ではこれが一番難解かもしれない」といっています。確かに難解です。というか、わけがわからない。でも、これがいいんだな。ほんわかしたユーモアがいっぱいです。
1シーン1カット。39のエピソードが続きます。
流れを作っているのは、ふたりの中年セールスマンの話。彼らが売っているのは、人生を楽しくするおもしろグッズ。ロングセラー「吸血鬼の歯」「笑い袋」、新商品が「歯が抜けたオヤジのマスク」って、売れるわけないだろ。簡易ホテルに帰ってはおたがいをなじり…。をくりかえします。
最初は、死に関する3つのスケッチ。
ワインのコルクを開けようと思うのですが、なかなか開かず、またで挟んでいきんでいるうちに…。
死を目前にした病床にいる老婆は宝石などをいれたバッグをかかえている。息子たちがそれをとろうとするのですが、老婆はガンとして放そうとせず…。
カフェテリアで心臓発作を起こし死んだ客。店員は彼が注文したシュリンプサンドとビールのことが気になってしかたがなく…。
好きなエピソード。
この店でただで飲めるのは私にキスをすることよ、というリパブリック讃歌の替え歌をバーの主人が踊りながら歌うと次々と男たちが並び…。
騎馬隊とロシアの戦場に向かう、スウェーデンの国王カール12世が、騎馬のまま、「現代の」バーに入ってきて、イケメンのバーテンを口説きだす。外の通りは騎馬の兵隊の行進が続く…。
すべて自前のスタジオでセットを組み、CGを使わずに撮影したといいます。撮影期間4年。お金もかかったでしょうね。私、みていて、サントリーのBOSS、トミー・リー・ジョーンズのCMを連想しました。この惑星の、おろかだが、愛すべき人類たち。
●『ギリアップ』
興行的にも作品評価的にも、自他共に認める失敗作。監督のコメントによれば「私はこれで映画界を追放された」。これ以降25年間長編映画を作れなかったのです。確かに。訳がわからない!のちの、訳がわからないところが面白いのではありません。港町のホテルを舞台にしたクライムムービーなのですが、、ほんとに訳わからんです。10分おきに睡魔が襲ってきたせいもありましたが。いやあ貴重な一本でした。
●短編プログラム
プログラムは、単に過去の日本公開作品を並べただけでなく、日本未公開の『ギリアップ』「短編プログラム」、CM作品の上映、さらにこの映画祭のために、取材された監督のコメント映像が1本ずつつくというていねいさです。
9/18に観た「短編プログラム」は、学生時代の3本と、アンダーソンの2作目の失敗で、25年の空白を余儀なくされた時代の2本を上映。特に後半の2本は、のちの作風が納得できる興味深い作品でした。
上映されたのは5作品。学生時代の『息子を訪ねて』(1967=9分)、『自転車を取りに』(1968=17分)、『10月5日土曜日』(1969)。そして空白時代の『何かが起きた』(1987=24分)、『ワールド・オブ・グローリー』(1991=16分)です。
『息子を訪ねて』
初監督作品。大学で親元を離れた息子を家族が訪ねるというスケッチのような映像です。
『自転車を取りに』
若いカップルのある朝を切り取った、これもスケッチ。
『10月5日土曜日』
恋人たちの土曜の朝から翌朝まで。69年頃のストックホルムの街の様子、労働者たち、若者の生活ぶり…。
『何かが起きた』
1975年、『ギリアップ』の悪評、興行的な失敗で映画界から干されたロイ・アンダーソンは、CMの世界に活躍の場を移します。それから12年後、1987年の短編です。依頼主は、スウェーデンの社会庁。エイズに関する教育映画です。エイズについて、まだ情報も少ない時代であり、いまからみると奇妙な映像もあります。1シーン1カットのスタイルはこの頃から。中年女性教師が、コンドームの付け方を教える小学校の授業なんて、冗談としか思えません。
『ワールド・オブ・グローリー』
アンダーソン自身は「最高傑作」といっています。91年、クレモンフェラン短編映画祭でCanal+賞とプレス賞を受賞したショートフィルム。
全裸の男女と子どもをすしずめにしたトラックの扉が閉められ、排気口からガスが荷台に送り込まれます。トラックは走り出し、広場をぐるぐると回りだします。そんなホロコーストをイメージする映像で始まります。トラックを見送ったひとりの中年男の物悲しい独白。不動産屋という自分の仕事、家族のこと…。
のちの作品と同じ感覚の不思議な映像です。ただ、内容が暗い。ユーモアを感じない。全編悪夢、のような映像です。