目線は未来へ。総火造り鋏刃物工芸の伝統を守る匠の挑戦。
鍛冶屋という職業があります。江戸末期から昭和初期の時代が全盛期。そこからは時代とともに職人の数も激減し、今では“鍛冶屋”という言葉さえ耳にすることがなくなってしまいました。
鍛冶屋って今もいるの?
驚く方もいると思いますが、そんなふうに思っている人、本当にいるんです。多くの伝統工芸が、後継者不足や価格競争など、様々な問題で存続の危機に面しています。包丁や鋏を作る鍛冶屋もその中のひとつ。存在価値を伝える前に、存在することを知らしめていく必要があるのかもしれません。
鍛冶屋の未来への可能性を求めて、千葉県成田市に工房をかまえる「正次郎総火造り鋏刃物工芸」を訪ねてみました。お話を伺ったのは、六代目を継承する石塚祥二朗さんです。
「正次郎総火造り鋏刃物工芸」の名は六代目祥二朗さんの父親である五代目洋一郎さんが初代正次郎氏に弟子入りし、その名を継いだのが由来。石塚家は先祖代々鍛冶職人の家系で、洋一郎さんが継いだ昭和64年から、総火造りの伝統製法による鋏の製造の他に、包丁づくりも始めるようになったとのことです。
「裁ち鋏だけ作っていたんですが、和装の時代が終わり、鋏の需要がなくなってきたので、包丁も作るようになりました」
鋏のほうが包丁より先だったんですね。
「そうですね。鋏をつくるほうが難しいんですよ。一人前になるのも時間がかかります」
今は、包丁のほうが需要され、注目されること多いのでは?
「たしかに、需要はあります。続けていくには受け入れられることも必要ですし、伝統を守るためにも時代の流れに沿わないとダメなんですよね」
包丁でもセラミックの安いものが主流になっている現代の生活環境で、伝統を残していくのは簡単なことではありません。話す一言一言に、伝統を継承し、次世代へとつなぐ役割を担うことへの重さをひしひしと感じます。
現在、五代目の洋一郎さんとの二人作業で行われている鋏と包丁づくり。“総火造り”とは一体どのようなものなのか。今回は、実際に制作の様子を見せていただけるとのことなので、逸る気持ちを抑えながら仕事が始まるのを待つことに。日本古来の技法を目の前で見ることができる貴重な体験です。工房の中の張りつめた空気。程よい緊張感。常に真剣勝負であることが始まる前からしっかりと伝わってきます。
この日、作るのは包丁です。鋼と軟鉄の間に鉄ロウを挟み、炉で熱しながら何百回も叩き伸ばしていく根気と体力のいる作業が始まりました。
静寂の中に鋼を叩く音が響きます。強く正確に鋼を打つ音と飛び散る火の粉。予想以上の迫力、気迫に圧巻! 一瞬ですが、息をするのを忘れて身動きできずにいる自分がいました。
体力と気力のいる仕事であることは一目瞭然です。全ての工程を一つひとつ手作りで行い、最初から最後までその手から離れることなく仕上げられる包丁は、職人にとってどれほど大切で愛おしいか。何百回と打ち続ける姿を見て、職人の思いが入る瞬間に立ち会えた気がしました。
五感で感じる作り手の想い。見ればわかる。だから見てほしい。
伝統の素晴らしさを知るには、職人の仕事を実際に見ること。これに尽きると思いました。多くを語っても、語り足りない。その場の空気や職人の表情、無駄のない動きやスピード感等々。年月をかけて培われた技を十分に伝えるのに、言葉では追いつかない。物足りないのです。
竹づくりの柄に個性が光る。母の愛が詰まった「正次郎」の包丁。
正次郎包丁の特徴は、切れ味のよさが長く持続するその強さにあります。これは使って見たらよくわかるはず。料理人などプロに支持されているという点でも、使い勝手のよさは格別です。
さらに、一目でわかる特徴は、柄の部分。竹で作られていて、とても独創的です。包丁ばかりをたくさん並べて「さぁ、どれが正次郎の包丁でしょう?」と聞かれたら、一目で探し当てることができる個性的な仕上がりです。
竹の柄づくり(柄付け)は、祥二朗さんの母親である益枝さんが担当されています。竹を取りに行き、洗って乾かし、柄付けまでを行い、しっくりと手に馴染む柄造りは益枝さんならではのセンスのよさ。竹は使い込んでいくうちに独特の光沢が出てくるので、時間とともにいぶし銀のような味のある包丁になるそうです。
「親から娘さんに受け継がれていくほど、長く使ってもらいたいんです。包丁は大切な嫁入り道具。そんなの古いかしらね(笑)」と益枝さん。
古いのはかえって新鮮。素敵な母娘の姿が思い描かれてきます。
それにしても、なんとも味のある仕上がり。実際に使ってみたらどんなに使いやすいんだろう…。よいものを目の前にすると、触れてみて、使ってみて、自分の肌で感じてみたいと思ってしまう。そんなふうに思う人は、やはり正次郎の包丁を手にせずにはいられないはず。人を引き寄せる不思議な魅力のある包丁です。
※刃渡りのサイズは、15cm、16cm、18cm、21cmを用意。中でも18cmが一番の売れ筋。
※裁ち鋏ができて一人前といえるほど、鋏造りは高い技術が必要。
継いだのは「親父の背中を見て育った」から。
六代目の祥二朗さんには、会社勤めをした経験があるそうです。
「社会人になり4年間ぐらい会社勤めをしていたんです。誰もが知っている大企業だったので、安定という面ではよかった。でも小さな頃から親父の背中を見て育ってきたので、職人になることは自分の中では割と自然な流れだったと思います。自分の手で作ったものが人に喜ばれる、そんな仕事をしている親父をすごいと思っていたんで、職人の仕事に憧れのようなものもあったんです」
“親父の背中を見て育った“。いつまでも心に響いた印象深い言葉です。
「親父もお袋も継いでほしいとは一言も言わなかったんですよ。自分の人生だから自分で決めればいいという感じ。4年間別の世界を経験したことで、決心がついたのかもしれません。この仕事がやりたい、やりがいを感じたい!と自分の気持ちに素直になったというか」
修行時代、挫折して職人を辞めようと考えたことは一度もないそうです。厳しい時を乗り越える秘策があったのですか?
「できないから始まっているわけなので、挫折もしませんでした。できないのは当たり前というか、そこからどうやってできるようになるかをいつも試行錯誤して。考えるより動くタイプなので、落ち込む暇もなかった」
小さな頃から工房に入り、父親の仕事を見続けていたので、職人の厳しさや苦労を知ったうえで人生の選択をした祥二朗さん。一人前になって六代目を名乗る現在、自分の作った刃物や鋏への強いこだわりがあります。
「自分が作ったものが悪い事に使われることだけはしてほしくない。あってはならないことだと思っています。だから、ネット通販もウチでは直接はやっていません。お客さんの顔を見て、話をして、そこで気に入ったら買っていただく対面販売がほとんどです」
これからのこと。未来に向けて考えること。
祥二朗さんに、これからの家業の存続であり、総火造りの継承ついて、考えを伺ってみました。未来に向けて考えていることありますか?
「ワークショップを開催したいと思っています。継承するにも、お客さんの要望に迅速に応えるにも、人がいないとどうにもできない。こんな技術がある、こんな仕事があるんだということをまずは知ってもらいたいんです」
鍛冶職人のワークショップ! なんだかわくわくする話ですね。
「伝統を守ることはとても大切です。けれど、職人にも生活がある。そこも成り立つようにしないと継続は不可能なんです。今、包丁を作っていますが、2日間、親父と二人で作れるのは6つが限界。だから注文があってもすぐに応じられないことが多々あるんです。そういうロスをなくすためにも、人手が必要なんです」
ワークショップで興味を持つ人がいれば、少しずつ職人候補を増やしていき、そこから本気で育ってくれる人がいれば可能性は広がっていくはず。正次郎の製品を多くの人に知ってもらうためにも、待っているばかりではだめだという考えです。
視野を広げ、海外もマーケットに。認めてもらえる人に使ってもらいたいから。
「つい最近も、信頼できる人をとおして香港の方から注文をいただきました。お客さんの顔が見える販売へのこだわりはありますが、正次郎の刃物を認めてくれるのであれば、外国の方でも大切なお客さんに変わりはありません。海外に向けて、伝え、広げ、信頼のもとに販売できる仕組みづくりができればいいと考えています」
近い将来、日本の鍛冶職人の技術は海外で、今よりももっともっと広く知られ、人気が高まっているかもしれません。長年の伝統はそう簡単に途絶えやしないと信じずにはいられません。
大切なものを“守る”ということは…。
伝統、技術、家業…、大切なものを守るということを考えてみました。守るということの重さや守るものの大きさを思うと、「代々続く」というものに魅力を感じるかというと、「はい」と答える人がそう多くいないのが今の世の中です。でも人には必ず守りたいと思うものがあって、それがどんなに些細なものでも、小さなものでも、守るとなると重労働。辛かったり、きつかったり、逃げたかったりするけれど、そこをこらえて守り続けるのは「伝統」に限らず、それなりに忍耐が必要です。
そんなに頑張って守ることの先にあるものって、なんでしょう。
大切な人、身近な人、周りにいる多くの人の喜ぶ顔が、ふと思い浮かびました。
人が何かを“守る”のは、大切な人たちに、喜んでもらえるからなのかもしれません。取材後に、そんな思いが残りました。
新たな喜びの創造を目指して、六代目、祥二朗さんのこれからの活躍を楽しみにしています!
「正次郎鋏刃物工芸」は、百貨店での伝統工芸に関する催事やイベントで販売を行っています。出店スケジュールはHPをご参照ください。尚、オーダーメイドでの注文は電話にてお願いいたします。
HP:http://www.shojiro.com/
Writing:Rie Maeda