独創的、創意工夫、ゆるぎないビジョン。ゼロからの起業で“障がい者アート“にかける思い。
今回は、障がい者アートがテーマ。
お話を伺ったのは、作り手であるアーチストではありません。
「一般社団法人障がい者アート協会」代表理事の熊本豊敏さん。
障がい者の描いた作品=障がい者アートの秘めたる可能性に着目し、障がい者と社会を繋ぐ仕組み作りへのチャレンジを続けています。
事業家として、障がい者の支援者として、両方の視点から障がい者アートについての思いを語り、社会との橋渡となる斬新な仕組み作りや、これからの展開について等々、興味深いお話しをたくさん聞かせていただきました。
アート、社会貢献に収まらない
未知の領域での事業に挑戦
Maeda「熊本さんの書かれた『障がい者アートの未来を探して』という電子書籍、読ませていただきました!
熊本さんの障がい者アートへの考え方に共感したり、自分に問うこともあったり、新しい気づきがあったり。いろいろ考えさせられることが多く、中でも“違和感”について書かれた部分には、ハッとさせられました。」
熊本さん「障がい者が描いた絵を、展覧会で発表したり、企業が新商品の開発に活用したり、ブランドとのコラボでデザインに起用されたりしていますが、社会的にどんな影響が出たとか、経済的な対価が発生したとか、どういう効果が出たのかまでマスコミは伝えない。そこに違和感があった、というところですね。」
Maeda「 そう、その部分。『世の中に出したという周りの人間の満足感を得ることで終わっているようにしか思えない』と書かれていますが、わたしもマスコミ側の一人として、すごく考えさせられたご意見でした。」
熊本さん「僕はその“違和感”から、世には出たけれど本当に売れているんだろうか?売れていないとするとそれは意味がないのでは。 自分ならもっと魅力を引き出せるのではないか…と感じて起業を決断したんです。ネットワークも経験もなし、ゼロからのスタートでしたから、自分なりのこだわりや思い、あるいは小売業の経験があっても、事業という面ではなかなか厳しい。ずっと荒波にもまれている感じです(笑)」
Maeda「未知数の可能性があるという点は、わたしも同感です。ただ、今の社会で障がい者のアート作品に対し、見えないところが多すぎて手を出しにくい感じがしています。だから参入者も少ない。でも、熊本さんは、反対にそういう未知数な部分に魅力を感じたそうですが、なんの繋がりのない分野で起業するというのは、かなり勇気がいることですよね。
決断するのに、随分と迷われたのでは?」
熊本さん「僕には知的障がいを伴う自閉症の息子がいます。迷ったけれど、その息子に背中を押されたのかな。
息子が中学生になったばかりの頃、息子の描いた絵が何かに起用されて、大きな額ではありませんでしたが著作権利用料が支払われたんです。息子はそのお金で自分の好きなものを買って、とてもうれしそうでした。その時の笑顔が、障がい者アート協会の原点になっていると思います。」
Maeda「障害のある方が一人でも多く笑顔でいられる仕組みを作るというミッションは、息子さんの笑顔から生まれたものなんですね。熊本さんが作られた仕組みですが、とても斬新ですよね。この仕組みができて、アートとか障がい者支援とかに収まらない、今までないジャンルが出来上がったように感じます。」
熊本さん「世の中に登場し、注目される障がい者アーチストは一握りです。サポートを得られずにいる人がほとんどなのが現状で、僕はそういう人たちもチャンスを得られるようにしたかった。そこでネット上に開いたギャラリーに、誰でも作品を登録できるようにしたんです。作品の「 選定」はしません。 規定の登録過程を踏んで貰えれば、基本的に全て公開し、費用はかかりません。
僕が大切にしたいものは障がいのある人の創作活動そのものなので、そこ に優劣はないという考えです」
Maeda「収益から登録した人すべてに創作活動支援費を出して、しかも均等に分配するというところがびっくり!でした。
それで、登録した人は作品を制作するモチベーションが上がり、創作活動の継続に繋がりますね。関わる人、みんなが喜ぶことのできる仕組みになったわけですね。」
熊本さん「支援金の価値は金額の大きさではなくて、対価をいただくこと事体にあると思っています。それは社会に認知されている証だという考えです。いただいたお金は、彼らに小さな喜びを与え、やる気と笑顔が生まれる。そうした喜びがどんどん広がって、支援する人、される人が繋がる笑顔の輪が大きくなれっ!という思いを込めて、ギャラリーサイトの名前を「アートの輪」にしたんです。」
熊本さんの著書『障がい者アートの未来を探して』Kindle Edition
開拓する面白さ、感謝される喜び。
身に染みて感じる人の繋がりの大切さ。
Maeda「障がい者アート協会の方向性やミッションなど明確ですごくわかりやすいです。起業当初から、そこまではっきりとしたビジョンがあったのですか?」
熊本さん「いや、なかったですね。まったくなかった、というわけではないけれど、続けていくうちに軌道修正したり、気づいたことがあったり、うまくいかないところを考えなおしたり…いろいろ模索して今に至るですね。でも、ミッションに掲げている障がいのあるすべての人が笑顔に…はブレることなくずっと同じです。」
Maeda「つながりがまったくない領域に飛び込んで、紆余曲折、ご苦労は想像以上だったと思いますが、熊本さんがそうした経験から得たもの、大切にしているものってなんでしょう?」
熊本さん「やっぱり、人との繋がりですね。最初は実績もないし、信頼もない。それで、かなり苦労しました。ゼロからのスタートというのは、その点が辛いところです。だから、辛い時に手を差し伸べてもらい、協力してもらった方には今でも感謝しています。仕事のパートナーをはじめとして、そういう人の繋がりがどんなに大切か、事業を起こして身に染みて感じています。」
Maeda「要は人なんですね。苦労はあっても、やりがいをたくさん感じているのがお話しから伝わってきます。」
熊本さん「そうですね。未開拓という話がでましたが、まったくそのとおりなので、新しく切り開いていくことの面白さはあります。ただ、苦労も常についてくるんですけどね(笑)。それと、やっぱり感謝されることが時々あるので、そういう言葉をいただくと正直うれしい。励みになるし、間違ってなかったと思えますね。
今はまだ、たくさんの人を喜ばせることができていないのですが、一人、二人だけでも喜んでもらえれば、それでも十分うれしいです。」
Maeda「障がい者アートをビジネスとして考え、関心を持つ方が増えているようですが、ひと言、伝えるとしたら?」
熊本さん「う~ん、そうですね。この分野は未開拓なことが多く、成熟した領域ではないので、まだまだ可能性に満ちていると思います。だから、新しい何か始めるには、参入しやすいと思います。ただし、継続はまた別な話で、難しいことのほうが多いと思います。そこは覚悟しておいたほうがいいかな。」
障がい者アートの可能性を信じて
これから目指すもの。
Maeda「障がい者アート協会のこれからについて、どんなふうに飛躍されるのか楽しみですね。今後の計画や目標など、教えてください。」
熊本さん「目標は、まず作品の登録数が日本一になること。今、10000点の登録があり、これは日本で2番目になります。やるなら1番を目指したい!
障がいのある方が描いた絵の展示会が開かれることがありますが、開催後、展示した絵は倉庫にしまわれたままというケースが多い。または破棄されたり、各自が持ち帰ったり、まったく活用されていないことがほとんど。
すごくもったいないですよね。
そういう時は、ぜひ協会に登録してくださいと言いたいです(笑)」
Maeda「起業から5年経ち、基本の仕組みができてきましたが、今後の事業としての発展についてはかがでしょう?」
熊本さん「障がい者アートには未知数の可能性がある、と話しましたが、今でもそそう感じています。実際、協力いただいた企業、取引先の職種は様々で、それに伴い契約内容も多種多様。これからも型にはめるつもりもないし、どんなケースでもチャンスであれば、挑戦していくつもりです。
最近は、凸版印刷株式会社の『可能性アートプロジェクト2020』という企画に協力し、登録作品の提供を行っています。障がいのある人が描いたたくさんの応募作品の中から凸版印刷様の高度な印刷テクノロジーにより素敵な作品となって展示されるものがでてきたり、様々なプロダクトデザインに起用されることになったり、社会と障がい者を繋ぐ新しい道がまた一つ増えました。」
Maeda「工事現場の仮囲いの壁にアートを描いた「まちかど障がい者アートギャラリー」というプロジェクトも面白い!真っ白い無機質な壁が、ワクワクする絵でいっぱいになって、楽しい気分になれますね。」
熊本さん「これまでも同様の展開はありましたが、僕らのやってることの違いが一点あります。それは“仮囲いにアートを展示する”のではなく“仮囲いをアートでデザインする”という違いです。このやり方で、より多くの作品にチャンスが生まれると信じています。
最近、自動販売機のデザインに作品が起用されたり、デザイン制作会社が様々なグッズを製作したり、少しづつ障がい者アートが広がってきていることを実感しています。この勢いで街中で障がい者アートを見ることができるようにしたいですね。」
Maeda「そのために、新しい仕組みづくりを計画するとか、ありますか?」
熊本さん「いえいえ、そんなキャパを広げる余裕はないんです(笑)
僕たちは、障がいのある人の作品を集めて、企業との繋がりを作ることが仕事で、むやみに広げずにそこに集中する方針です。餅は餅屋で、得意なところで勝負すればいいと思っているので。」
Maeda「ブレなく突き進むんですね。
障がい者アートの“輪”がもっと広がって、街の中が絵でいっぱいになる。そんな想像が近い将来、実現されることを願っています。
それと、熊本さんの本、とても勉強になりました。ぜひ、続きを読みたい。また本を出してください!」
熊本さん「ありがたいけど、どうかなぁー(笑)。
出すとしたらね…、タイトルは『障がい者アートの未来を信じて』にしたいと思います。」
Maeda「タイトルがそのまま、熊本さんの思いなんですね。
いろいろお伺いできて、障がい者アートへの興味がますます湧いてきました。ぜひ、コラボレーションさせていただきたいです!」
★障がい者アート協会HP
Writing:Rie Maeda