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【レポート】場の発酵研究所:第1期#08 [ゲスト]今井航大朗さん
こんにちは、事務局の渡辺(わったん)です。
9月28日(火)は、場の発酵研究所・第8回でした。第7回以降は研究員と共に話し合って決定したゲストです。今回は、「クイーンズメドウ」や「ハヤチネンダ」といった活動に取り組まれている今井航大朗さん。あくまで私の第一印象ですが、名前からは何の取り組みかはわかりませんが、なんだか素敵な発酵感が漂うネーミングです。発酵感・・。
第8回ゲスト:今井航大朗さん
大学卒業後、日本らしさを伝える事業に関わるべく都内日系ホテルへ入社。数年後、父親が設立した企業を引き継ぐことを機に退社するも、諸事情により一年近く無職で過ごす。その間に「自分らしく生きる・働く」ことについて向き合う。現在は東京と岩手にある複数の企業経営や運営に関わりながら、長期的で消費されない価値の構築を目指している。2017年より、岩手県遠野市にある馬と共に暮らす実験施設「クイーンズメドウ・カントリーハウス」の運営に関わり、2019年からは森をインターフェースに<いのち>や自然との繋がりについて考える財団「ハヤチネンダ」を設立し活動中。猫と馬が好き。
最近、猫の里親になったばかりなんです、と話す今井さんは、「岩手県遠野市で馬と関わり、東京で人と関わる」という生活を送っているという。『クイーンズメドウは「建物のような計画」のお話、ハヤチネンダは「お墓のような森」という紹介から、いまの取り組みについて話してくださいました。
馬文化と共に生きる:クイーンズメドウ・カントリーハウス
東京都23区より少し大きいという岩手県遠野市は、東京からは電車などで3時間ほどの場所にあります。柳田国男の「遠野物語」が有名で、去年で発刊110周年を迎えたそうです。
岩手県は馬産の地であり、鎌倉時代から戦のためや、農作業や移動手段の助けとしての馬が生産されていたという。そんな遠野市の山間部に少し入ったところに、クイーンズメドウ・カントリーハウスがあります。15haほどの敷地(森や田畑)を使い、馬の自由放牧や、有機農業にも取り組まれています。
馬との関わり方をアップデートする
馬を乗用などの動力としてのみ捉えるのではなく、馬との関わり方を変えていく。今井さんのお父さんと仲間たちは「馬文化と共に生きる」という考え方で、1999年からいろんな関わり方を実践されてきました。
例えばクイーンズメドウでは、敷地のあるエリアに自由放牧している二頭の牡馬(去勢していない雄馬)に人が出会うところから始まるそうです。400kg以上もある馬同士のやりとりに人が巻き込まれると大変なことになるので、普通はやりません。
今井さん:
「使役的ではない関わり方」を開発できないか、と考えてきました。そこで始めたのが、馬から学ぶ研修事業です。
馬はリーダーとフォロワーを決めて群れで動く動物であり、そこは人間とも共通点があります。しかし馬は言語を使わずにリーダーシップをとります。そんな馬とどのように関わるのかが、学びのポイントになります。
今でこそマインドフルネスなどが世間に受け入れられていますが、15年ほど前は、自由放牧の馬に関わることは危険すぎるという批判もありました。でもそんな「ありえない」ところから新しい価値が生まれるのではないか、と思っています。
昔ながらの農法と新しい農法の実践
またクイーンズメドウでは稲作にも取り組まれており、馬は動力として使わず、石油にもなるべく頼らない手法を大切にされています。前の年に収穫した種籾から稲をビニールハウスで育苗し(一部折衷苗代も行い)、田植え・草取り・稲刈りまでを人力で行っていますトラクターなどの機械を使うこともあるそうですが、昔の人たちの植物への向き合い方を部分的に実践されています。
また「協生農法」という新たな植物との向き合い方にも挑戦しているようです。協生農法のエリアでは、果樹の低木の周りに30品目以上の種をバラバラとまき、それがどのように影響し合うのかは生態系に任せているそうです。
今井さん:
人間がモノカルチャー(単一の農産物を生産する)で進めていくと生態系の多様性が失われていきます。
しかし例えば、果樹に鳥が来て糞を落として、その糞から、土に窒素やリン酸などが与えられていく。また小さな虫がいて、その虫を食べるためにカエルが来て・・・といったように、畑が小さな森になっていく。そうしていくと、相性のいいもの同士が勝手に結びついて育ち合う、関わり合って生きていくということが起きます。
クイーンズメドウの話の終わりに、ここを訪れた今井さんの友人が書いた文章を読み上げてくださいました。
旧友のお誘いで、岩手は遠野のクイーンズメドウ・カントリーハウスへ。このカントリーハウスでは、森や牧草地で馬を放牧しつつ、馬と人が共にある豊かな暮らしが営まれています。乗馬体験などが前面に宣伝される商業的なテーマパークとは一線を画し、馬たちが「使われている」状況がないのがこのカントリーハウスの最たる特徴。言うなれば、馬たちが家族のように自然に自由に温かく育てられている生活の輪の中に、僕たちはひととき加わらせてもらうといった塩梅なのです。馬たちを檻に閉じ込めることもなければ、乗馬を無理強いさせることもない。そう――ここでは馬は何かの「手段」ではないのです。
カントは道徳形而上学原論において、「目的の国」という理想的な社会のありかたを唱えました。その理念は、相手を何かの「手段」として扱うのではなく、「目的」そのものとして扱いなさいというもの。何かしらの利益を目当てにせず、相手を相手そのものとして扱う態度こそが、相手を真に尊重するものだからです。このカントリーハウスでの馬たちへの尊重のある接し方をまのあたりにして、まさにカントの「目的の国」の実践を見る想いがしました。さて、翻って僕たちの日常を顧みたとき、どこまで相手を「目的」そのものとして扱えているでしょうか。――得をしなくともよいではないか、損をしたってよいではないか。誰であれ相手を損得抜きに最大限に尊重するとき、あなたの心は無尽蔵に湧きいでる幸福の泉となるのだから。
人間を損得勘定抜きに「目的そのもの」としてとらえること、それが体現されているのがクイーンズメドウである、という趣旨のメッセージ。これがまさに、言語化しづらいクイーンズメドウの取り組みをうまく表現してくれていたそうです。
なおクイーンズメドウは、西村 佳哲さんの「ひとの居場所をつくる」という書籍の中でも紹介されているそうです。
いのちを還す森:ハヤチネンダ
遠野には、北上山地の最高峰であり日本百名山の一つである「早池峰山(はやちねさん)」があります。この早池峰山をモチーフにし、「んだ」という方言(遠野では「だよね」の意味)を組み合わせたネーミングが「ハヤチネンダ」。「なんだろう?」と思わせる名前のプロジェクトは、森に関することのようです。
自然と共に生きることと収益性を担保することを両立する事業として、ハヤチネンダでは、森にいろいろな命が還るように人々も自然の一部として生きていくこと、自然と命の物語りを捉え直すことを目指し、森を「お墓でないお墓」としていくことに挑戦しているようです。
今井さん:
お墓と呼んでしまうと「墓」という言葉に引っ張られてしまうので、お墓という概念をリストラクチャリングするところから始めています。デザインをデザインと呼ばないとか、そんなことが好きなメンバーが多くて・・笑
山の手入れをする、というところから始めています。例えばやぶ化してしまったところを少し風通しよくしたり、林縁に生えてきた実生苗を育成し、針葉樹の伐採した場所にかえしたりといったことを計画しています。
また収益をあげていくということも含めて、東京では共に学ぶ場づくりも行なっています。今井さんが自己紹介で「東京で人と関わっている」と言っていたのは、このことだったんですね。
今井さん:
自分の命と目の前の山や森がシームレスに繋がっている世界を描きたいと思っています。いのちや自然について共に学ぶ場として、コロナ禍ではオンラインとなりましたが、東京で場づくりをおこなっています。
月に1回開催していますが、例えば津田直さんという、「目に見えないものを写す」写真家をゲストに招き、目に見えない存在との関わりについて学びました。
ハヤチネンダは現在、寄付を受けて森を整備しつつ、「いのちを還す」というコンセプトで新しいお墓を模索されているそうです。そして、そんな森づくりのプロセスを学びの場として提供されています。どうなっていくのでしょう・・・HPでも経過が発信されているので、ぜひ覗いてみてください。
最初は、巻き込まれるところから
お父さんから事業を引き継いだ、とプロフィールに書かれていた今井さん。今井さんが東京の仕事を辞めて手伝い始めた時には、お父さんが立ち上げたクイーンズメドウは収益性が難しく、事業整理の対象になっていたそうです。しかし事業は残し、宿泊業を見直して研修事業を立ち上げ、さらにはハヤチネンダにも至っています。
研究員からの素朴な質問。今井さんはなぜお父さんの事業に関わり始めて、今もモチベーション高く取り組まれているのでしょうか?
今井さん:
等身大の話をすると・・・巻き込まれたという感じです。笑
岩手には縁もありませんでした。しかし2〜3年関わってみると、なんだかすごく意味のあることをやっているのかもしれないと思いはじめました。
言語化するのは難しいけど、発信して、いろんな人と一緒に取り組む中で気づく価値もあります。
「そろそろこんな価値観がくるんじゃないか」ということがおもしろくて、今後もやっていきたいと思っています。
現代の遠野物語
研究所発起人の坂本は、今井さんの話を聞きながら、「これは現代の遠野物語ではないか」と思ったそうです。
坂本:
遠野物語の冒頭には「この書を外国に在る人々に呈す」と書かれています。ここでいう外国とは、日本に住んでいながら外国に心があるような人たちのこと。西洋化(近代化)した都市部に暮らす人たちに、近代化に抗っているような遠野の非合理的な出来事を書き記しました。
今井さんたちの取り組みはまさに、現代の遠野物語ではないかと。
今井さんたちの取り組みは、現代の遠野物語でありながらも、非合理性と経済性の両立も目指されています。学生にとっては実家がベーシックインカムのようなものであるように、生活コストのようなものに自分を切り売りしなくて済むものを持っておくことも重要。それを丁寧に手入れして引き継いでいくのがハヤチネンダがやろうとしていること、と今井さんは言います。
発起人の藤本もまた、ベーシックインカムについて独自の視点を持っています。
藤本:
今の社会で議論されているベーシックインカムは、もっぱらお金を支給することに集中されています。しかしお金だけではない、公共財や社会共通資本(社会共通の財産)をどれだけ生きているうちに生み出すことができるかも大切ではないかと。
ハヤチネンダの話を聞いていて、自分だけで終わる世界ではない世界へのつながりと、その循環の輪に入っていくという視点を持つことができました。
クイーンズメドウやハヤチネンダは非合理的な取り組みなのかもしれませんが、人間(というか生き物)の本来の姿を取り戻す営みでもあると思います。一昔前であれば、例えばハヤチネンダのような取り組みは、補助金などを受けて里山整備をするくらいが限界だったのかもしれません。
しかし現在では人がお金を払う(投資する)目的も多様化しており、場の発酵研究所も「学びたい」と研究員が支払った参加費によって運営されています。ハヤチネンダもまさに会費制の仲間を募っており、それは未来の社会共通資本をつくっていくための投資といえるのかもしれません。
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