見出し画像

小説『琴線ノート』第19話「はじめの一歩」

バイトの帰りに寄った楽器屋さんの書籍コーナー
いつもは通り過ぎる棚の前に私はいた

“作曲、作詞、DTMコーナー”

昨日作曲について色んな話を聴かせてもらったけど
もっと具体的な”はじめの一歩”のやり方はないかと
一番簡単そうな作曲の教則本を探すけど

スケール、コードトーン、転調メソッド…

どれも呪文のような言葉ばかりで
理解できる気がしなくて父や小川さんなどの
作曲家はこんな難しいことを理解してるのかと
軽い尊敬をして結局何も買わずに店を出た

何年も前に父に作曲ってどうやってるの?と
興味本位で聞いた時に父は
「目を閉じると空からメロディーが降ってくるんだよ」
と言ってお父さんマジすげーってなったけど
あれは今思うとおふざけの答えだったんだと分かる
あんなおちゃらけた性格なのに
意外と難しいことやっているんだな

そんな事を考えていたらスマホに小川さんから
メッセージが届いていることに気付いた
「昨日録った曲を送ります
注:ダウンロードしないでね」

急にワクワクが止まらなくなり辺りを見まわし
落ち着いて聞けそうな場所を探す
駅前のファーストフード店に目をつけ
アイスコーヒーを注文して席を探す

すぐにでも聞きたいところだけど
“ながら聴き”はしたくなかったので
焦らすように聞く環境を整えた

いつものヘッドホンをして一息ついてから
再生ボタンを押すと
もう何度も聞いたイントロが流れてきて
私の歌が入ってくるのを恐る恐る待った

まるで綱渡りをしているような一瞬の気も抜けない
そんな集中力で自分の歌が乗った曲を聞く
曲が最後まで進み止まると
もう一度再生ボタンを押しまた聞く
1分半の曲を何度も繰り返し気付けば
アイスコーヒーの氷は全部溶けていた

凄い、私の歌がCDみたいだ
語彙力は置いておいてSNSのカバー動画での
スマホのマイクで録った私の弾き語りの歌とは
同じ人とは思えないほどのクオリティで
歌っていないハモリまで入っていて魔法のようだ
私って案外音程もいいんだなと感心もした

結局自宅の帰り道もずっとこのデモ曲を聞いて帰った
誰かに聞いてもらいたくもなったけど
SNSに上げるには流石に小川さんの許可も必要か
でもこの音源どうやってダウンロードするんだろう
そんな事を考えながら自宅に着くと
夕食前に仕事を終えた父と顔を合わせた

「ちょっと聞いてほしい音源があるんだけど」

私は早速父にこのデモを聞いて意もらうことにした
褒めてもらいたいとか
アドバイスが欲しいわけではなく

幼稚園児が描いたお絵描きを見て見てと親に見せる
そんな無邪気な気持ちだった

次回へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?