元劇団四季女優の母が、3歳から子供にバレエを習わせてみた。
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子供が生まれる前から、私は心に決めていたことがあった。
子供が3歳になったら、必ずクラシックバレエを習わせようと。
それは、私自身が幼少期にクラシックバレエを習いたかったという、心の奥底にずっと秘めていた憧れから来ている。
もしも幼い頃からバレエを習っていたなら、どれほど軽やかに、自由に踊ることができただろう――そんな想いを抱くことが何度もあった。
劇団四季に入る前も、入った後も、そして今でも、「自由に踊りたい」という情熱は変わることがない。
そのため、子供にはその夢を託し、可能性を広げてあげたいという願いが強くあったのだ。
そして、子供が3歳になったその日、私はすぐに小さなバレエ用のレオタードを用意した。
中古品ではあったが、メルカリで手に入れたそのレオタードは、レースが施されたクラシカルで美しいデザインだった。
手に取るだけで心が躍り、これから始まるバレエの日々が目に浮かんだ。
バレエシューズやタイツも同じくメルカリで購入し、必要なアイテムを手頃な価格で揃えた。
少しずつ揃えていく中で、子供のバレエライフが現実味を帯び、私の夢が次の世代へと引き継がれていく感覚を噛みしめた。
子供が3歳になったら、通わせるバレエ教室も某有名バレエ団の教室にすると決めていた。
「もしかしたら、天性の才能があるかもしれない、なんて言われちゃうかも!むふふ!」と親バカ全開で、意気揚々と体験レッスンに申し込んだ。
3歳のクラスはまだプレクラスしかなかったが、それでも良い経験になるだろうと思った。
劇団四季にバレエで受験し、入団した子に話を聞くと、ほとんどが「3歳からバレエを習ってるよ」と言っていたからだ。
3歳から始めることで、将来の可能性が広がるかもしれない――そんな期待があった。
もちろん、3歳からバレエを始めたからといって芸事で食べていけるとは限らない。
けれど、芸事で生きている人の多くは幼い頃から始めているのも事実だ。例外はあるにせよ、早く始めることで可能性を広げてあげたいという気持ちが強くあった。
実を言うと、私自身がバレエを始めたのは高校2年生からだった。だから、「3歳からバレエを始める」ということが、実際にどんな意味を持つのか、私にはよくわからなかった。
ただ一つ確かなのは、自分にはできなかった夢を、子供には叶えてほしいという願いだった。
こうして、バレエ用のレオタードやシューズ、タイツなど必要なアイテムを揃え、我が子と共に意気揚々とバレエ教室に通い始めた。
初めてのクラスの日、子供には少しお高めのワンピースを着せて、気合を入れて送り出した。
「バレエレッスンに行く親って、こんな気持ちなのね!」とワクワクしながら、子供がどんな風にバレエを習得していくのか楽しみにしていた。
しかし、現実は私の予想を大きく裏切ることとなった。
レッスン中、我が子はただぼうっとしているだけで、ほとんど何もせずに体験レッスンを終えたのだ。
口を半開きにしたまま、ただじっとしている姿に、思わず健康に問題があるのではないかと不安になるほどだった。
私の想像の中では、我が子は華麗に舞い、軽やかにジャンプをし、くるくると回っていた。
だが、現実の我が子は、先生がどんなに優しく声をかけても一向に動こうとせず、入会させたい先生と動かない我が子の間で、時間が過ぎていくのがただただ気まずかった。
そして結局、そのまま初めてのバレエ教室は終了した。
「なぜ何もしなかったの?」と率直に聞くと、「何をしてるのか、よくわからなかった」という答えが返ってきた。
なるほど、確かにバレエという独特な動きを急に要求されても、呆然としてしまうのは無理もないのかもしれない。保育園でのかけっことは違う、特別な世界だったのだろう。
夫に相談すると、「そんなもんだよ」とあっさりした返事が返ってきた。
そんなものなのだろうか?
私はもっと積極的に動く姿を期待していたのだが、そうではない現実に戸惑った。
そして、ようやく気がついた。私が頭の中で描いていた理想の子供像は、実はミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』で共演した子役たちだったのだ。
あの子役たちは、プロフェッショナルであり、数々の厳しいオーディションを勝ち抜いてきた子供たちだ。当たり前のように歌やダンス、演技をこなす彼らの姿と、自分の子供を重ねてしまっていたのだ。
だが、我が子は普通の3歳児で、初めてのバレエに戸惑うのも無理はない。私は理想を押し付けすぎていたのかもしれない。
これからは、我が子のペースで少しずつ、楽しんでバレエに触れていけるように見守っていきたい――そんな風に考え直したのだった。
***
母親が舞台俳優だったからといって、子供も最初から芸事がうまいわけではない。そんな当たり前のことを、改めて実感させられた。
子供のバレエレッスンも、しばらくはただじっとしていたり、ぼうっとする日々が続いた。私自身も、子供と一緒に家で開脚のストレッチや前屈を試みながら、その小さな体が少しでも柔らかくなることを期待した。
本当に少しずつ、子供がバレエ教室で先生の動きを真似できるようになってきた。
それでもまだ、3歳からバレエを始めている他の子供たちは、どこか最初からダンスが上手いように見え、そういった錯覚に陥ることも多かった。
しかし実際は、1日で一気に上達するなどということはなく、小さな成長の積み重ねがあるだけなのだ。それを私は、自分の子供のこととなると、つい忘れてしまっていた。
子供が思い通りに動かない日々が続く中で、気づいたことがある。
私にできることは、焦らず、粘り強く見守り続けることだけなのだ。
小さな一歩を踏み出したとき、その瞬間を一緒に喜び、子供のペースを大切にしていく。
それが何よりも重要で、そして、子供にとっても必要なことなのだと気づかされた。
(つづく)
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