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5分小話「午後八時十分の空っぽ」
※前回のお話の、その後の「彼」側のお話です
ただいま、と無意識に口にした声と、レジ袋の揺れる音が、玄関の壁に吸い込まれて消えた。
おかえり、と応える声はもうないことを思い出して、苦い思いがじわりと広がる。彼女がこの部屋から出て行って1週間、どうしてまだ、独りの部屋に慣れられていないのだろう。今日買ったアイスの数は間違えなかったのに。
俺と彼女は、恋人同士でも何でもない。
実家が隣同士のいわゆる
5分小話「午後三時のかたおもい」
「君のそういうところ、わたし好きよ」
しかめ面でディスプレイを睨んでいた目が一瞬上がって、わたしの目を捉える。はいはい、とため息混じりに言って、彼は一口コーヒーを飲み、また難しい顔のまま、意識を目の前の仕事に戻す。平日の雨の午後、穏やかにBGMの流れるカフェの片隅。少し慣れて鈍くなった胸の痛みに、砂糖を入れすぎたコーヒーの甘さが沁みる。
「すき」といっても、いつの間にか彼は、顔を赤らめもしなくなっ
5分小話「午後十時半の言い訳」
ごちゃごちゃと細かいものの詰まったレターケースから、通帳を引っ張り出す。預金残高の記録は、3ヶ月前で止まっていた。あれから仕事も忙しかったし、特に無駄遣いもしていない。ここに書かれた数字だって、贅沢をしなければ十分一人でやっていける。それを確かめた指が、かすかに震える。
言い訳を、考えていた。
この部屋を出て行くための、言い訳。
なんだってわざわざ「言い訳」なんてネガティヴな言い方をするのかと聞