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町田ゼルビアの刑事告訴―中傷投稿に反撃を始めたスポーツ界

サッカーJ1で上位争いを続ける町田ゼルビアが、ネット交流サービス(SNS)で誹謗中傷を繰り返す投稿者を東京地検に刑事告訴した。プロ野球でも、中傷を受けた選手が投稿者の情報開示を求め、法的手段に出た。匿名で攻撃してくる見えない「敵」にスポーツ界が反撃を始めた形だ。


町田ゼルビアは弁護士を立てて記者会見

ゼルビア側は弁護団とともに記者会見を開き、選手やスタッフに対して人格を否定するような誹謗中傷が相次いでいるため、刑事告訴を行ったと発表した。複数の投稿者が悪質なコメントを繰り返して発信し、クラブの名誉と経済的信用を毀損したというのが理由だ。これ以外のケースについても、引き続き裁判所を通じて投稿者の情報開示を求めていくという。

今季からJ1に昇格したゼルビアだが、好成績とは裏腹に、複数のラフプレーやPKを蹴る際にボールに水をかけた行為などが問題となり、SNS上で批判が殺到していた。

これに対し、クラブの社長兼CEOを務める藤田晋氏(サイバーエージェント社長)が次のような談話を発表した。

昨年来、クラブの好調な成績と比例するように、無数の誹謗中傷を浴びており、それはもう酷いものでしたが、これまでは新参者への洗礼かと目を瞑ってきました。しかしながら、もう限界です。既に多大な実害、実損が出ており、これ以上はもう看過しないことを決意しました。「FC町田ゼルビアなら叩いてもいい」、あるいは「FC町田ゼルビア側に叩かれる問題がある」と思い込んでいる人たちの行動は、完全に度が過ぎており、これはイジメの構図と同じです。この状況を変えるには、対象者がインパクトのある処罰を受けることで、コトの重大さを理解してもらうしかないと思っています。今後、継続的に、かつ徹底的に、我々は断固たる姿勢で誹謗中傷に対処して参ります。

(FC町田ゼルビアの公式ウェブサイトより)

刑事告訴の後も、SNS上ではゼルビア側に非があるという内容の投稿が繰り返された。もちろん、ピッチ上でのフェアプレーは徹底されるべきだ。ただ、批判の投稿もエスカレートすると、批判を超えて中傷や嫌がらせになってしまう。匿名の投稿であるだけに、書き込む側も慎重さを欠くのだろう。

プロ野球でもDeNAの選手が情報開示の申し立て

プロ野球では、DeNAの関根大気外野手が試合中のプレーをきっかけに中傷されるようになった。悪質な投稿が続いたため、関根は弁護士や選手会と協議の上、裁判所に投稿者の情報開示請求を申し立てた。

関根が自身のSNSで明らかにしたところによると、「あなたの家族全員が事故死で死んで欲しい」「あなたのお母さんとあなたとナイフで自殺しなさい」などとする投稿が確認された。


関根選手の「X」より

開示手続きと示談交渉の結果、5件の示談が成立。示談金は1人最大90万円で、5人で総額415万円だった。その他の投稿者との間でも、開示手続き中のものや刑事告訴を検討しているものがあるそうだ。

関根は示談金の中から、裁判費用と開示請求に必要となった経費を差し引いた全額を、こども食堂活動を支援する認定NPO法人に寄付するという。

パリ五輪ではJOCが異例の声明

今夏のパリ五輪では、選手や審判らに対する誹謗中傷が大きな問題となった。国際オリンピック委員会(IOC)は、人工知能(AI)を使い、SNSを展開するプラットフォーマーとも協力して五輪出場選手らに対する悪意のあるコメントを削除するよう措置を取った。

日本オリンピック委員会(JOC)も異例の声明を発表し、「どれだけ準備を重ねても、試合では予期せぬこともたくさんあります。そのすべてを受け入れて、自分にできる最高のパフォーマンスを発揮すべく、アスリートはその場に立っています。応援いただく皆さまに、是非アスリートがこれまで歩んできた道のりにも思いをはせ、その瞬間を見守り、応援いただけますと幸いです」と訴えた。

さらに、JOCは「なお、侮辱、脅迫などの行き過ぎた内容に対しては、警察への通報や法的措置も検討いたします」と厳しい姿勢で臨む意向も強調した。

選手の側も自らの立場を守るために、行動を始めている。Bリーグの選手らが加入する「日本バスケットボール選手会」は今月、スポーツ界への誹謗中傷問題に取り組む団体「COAS(Combatting Online Abuse in Sports)」とパートナー契約を結んだ。COASにはアスリート向けの相談窓口が設けられ、面談や法律相談が行われている。今後はこういう動きが活発化するに違いない。

法改正で「情プラ法」が成立

SNSでの誹謗中傷はスポーツ界のみならず、看過できない社会問題だ。今年5月には、国会では改正プロバイダ責任制限法が参院本会議で可決、成立した。同法は「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」と改称され、「情報流通プラットフォーム対処法」(情プラ法)と呼ばれている。

Xやメタといった大規模プラットフォーム事業者に対し、中傷投稿の削除申請などがあった場合は迅速な対応を義務づけるものだ。違反すると、総務省から是正勧告や命令が出され、応じない場合は1億円以下の罰金を科される。

かつてなら、選手側が泣き寝入りしなければならなかったケースも多かった。しかし、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼす問題だ。家族への嫌がらせもある。また、ゼルビアのように、経済的な信用失墜を訴えるクラブも出てきている。法律によって、こうしたリスクを回避する必要が生じ始めているのだ。

SNSによる誹謗中傷の問題に解決の道筋を開き、健全なファンとの関係性を取り戻したいものだ。

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