ランドマーク・侵略・アクセシビリティ(バスキア以降、バンクシー前後/ポスト・グラフィティのアーティストについて)
巷ではバスキアの展示がとても評判だと聞いておりますが、グラフィティ・アートというものは現代(といってもかなり前からその呼称ではありますが)では、「ポスト・グラフィティ」などと呼ばれ、今尚発展を見せているジャンルかと筆者は思います。
事実、キース・ヘリングやバスキアのアートはユニクロでTシャツになったり、東京都のバンクシー関連の話題など・・嘗てよりかなり「身近」なものになっているように感じます。
日本でもグラフィティ・アートがお好きな方はたくさんいらっしゃるでしょう。
しかし、世界的な熱量に比べ、例えばInstagramのフォロワーが「92.4千人(2019年11月17日現在)」の「Miss Van(Vanessa Alice)」などのポスト・グラフィティ・アーティストは、日本ではどうかというと・・
googleで検索しても日本語のページがあまり出てこない点からも、まだそこまで知名度のあるアーティストとは言えないのではないかと筆者は感じています。(違ったらすみません)
もしそれが筆者の勘違いでなく事実だとしたら、あるいはこれを読んでいるあなたがご存知ないとしたら・・それはとても勿体無いことだと思います。
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ポスト・グラフィティとして進化(深化)したグラフィティは、よりミクストメディア的に、またフィールドを拡張して、あるいはイデオロギーを研ぎ澄まして、アーティストが自覚的に動かしているとても刺激的なムーヴメントです。
ただし、ポスト・グラフィティを語る上ではバスキアやキース・ヘリング世代と現代とでは位相が異なりますし、バンクシー「前後」などという呼び方は少し違っていて・・それよりも以前に胎動していたムーヴメントの一角にバンクシーは存在します。(※タイトルとの激しい矛盾)
本稿ではバンクシーについては触れませんが、彼についての小話を一つ、イントロダクションに続けます。
※イントロダクションは少し長いので、目次からポスト・グラフィティアーティストのベスト10の頁に飛んでいただいても大丈夫かと思います。
●イントロダクション(前書き)
バンクシーはステンシルの作品で有名ですが、では、彼が自身の表現方法にステンシルを用いている理由についてはご存知でしょうか?
それは、当時筆が遅かったバンクシーが仲間とグラフィティを描いていた際に警察に見つかりそうになり、6時間ほど列車の下に隠れなければならなかった、という経験が元になっています。まあ、彼のことなので真偽のほどは不明ですが。
では、彼はどうしてストリートを彼のベースにし、しばしば美術館に自分の作品を勝手に置くなどの行為(彼は「ショートカット」と呼ぶ)を行なっていたのでしょうか?
「美術館に展示をするためのプロセスは面倒だ。入り込んで、勝手に飾ってしまう方が面白い」という彼の意図は、非常に示唆的で、同じような感覚を持つアーティストはまたポスト・グラフィティ世代のアーティストにも見られます。
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ポスト・グラフィティのアーティストはしばしばグラフィック・デザイナーだったり、パフォーマーであったり、アーティストとしての活動も行なっています。アートスクール出身で、教養としてアートを知っている人間も少なくありません。
犯罪行為と表現活動との揺らぎの間で彼らが体現するものとは何か?というものに私は非常に興味があり、2004年に刊行されたニコラズ・ガンツ著『グラフィティ・ワールド』にかじりついていました。
当時と比べ、Instagramなどでリアルタイムの作品を見られる分、グラフィティにとってのアクセシビリティは上がっていて、それも何だか彼ららしいなあと今の筆者は思います。
彼らは決して「アウトサイダー」ではなく、イデオロギーを持った非常に「弁えた」立場からアートなるものに関わっています。(そうでない方も勿論いると思いますが)
彼らのアティチュードからは非常にプラグマティックで、何かもっと違うフェイズ(外部)からルールを作る存在のような・・もっと自覚的に「道」なるものを外しているような、「自由」などという言葉では取りこぼしてしまうような何かを感じています。
(※それが「何か」という点については、もう少しムーヴメントを敷衍できるようになった後世でおそらくわかるのではないかと思いますが・・。)
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ポスト・グラフィティを紐解くという意味でも、次章ではそんなグラフィティ・アーティストの中で、私が本当に好きな方々を10名選出しました。
バルセロナ拠点のアーティストが多いのは完全に趣味ですが、知名度的にも問題はないかと思います。それではどうぞ。
◎ポスト・グラフィティのアーティスト10選
1.ABOVE(Tavar Zawacki)
サンフランシスコ出身のアーティストで、上向きの矢印 "Above Arrow" を用いたグラフィティが特徴です。彼の作品はスプレー、ステッカー、ステンシル、あるいは立体など、あらゆるかたちで表現されていて、これはとてもポスト・グラフィティ的ですね。
矢印の中にはしばしば「Shit」など何かしらの言葉が入っており、壁やストリートのどこかしらに貼る・描く以外に、建物の上から(立体のarrowを)吊るす、という様々な手法を取っています。
コンセプチュアル・アーティストとしてもとても面白い方だと思います。
2.Chanoir
バルセロナのシーンではとても有名な、「Cha」という猫のキャラクターを描くアーティストです。彼のスタイルは80年代のTVで放映されていたアニメーションなどのキャラクターに影響されているとのこと。
元々は出身地であるパリで絵を描き始めましたが、バルセロナにてPEZなどのアーティストとともにキャラクターを用いたグラフィティを描いた活動が有名ですね。
ちなみに、彼の名前は「CHANOIR」ですが、「CHAT NOIR(シャノワール)」はフランス語で黒猫を意味します。
3.PEZ
Chanoir、Miss Vanと並びバルセロナを代表するグラフィティ・アーティストですね。スタイルの似たアーティストと一緒にグラフィティをするのがお好きなようで、ONG CREWなどの集団名義以外にも、色々なアーティストの合作を目にします。
歯を見せた魚のキャラクターが特徴で、キース・ヘリング的なChanoirと比べ、こちらの方がよりカートゥーン的でポップと言えるかもしれないですね。
4.Space Invader
パリ出身のアーティスト。彼のスタイルはポスト・グラフィティの中でも独特で、いわゆるドット絵をセラミック・タイルで表現しています。
グラフィティというのは基本的には「異物感」のあるもので、街に突然現れるスプレーのペインティングに何か異質なものを感じる方も少なくないと思います。
あるアーティストは「グラフィティを消すための壁と色の合わない塗料の違和感も含めて自分の作品」とまで言っていた記憶がありますが、Space Invadersの作品における周囲のストラクチャーに溶け込むインベーダーはまさに文字通りの侵略者的な存在ですね。
アートスクール出身ですが、美術館は全ての人間がアクセスできる場所ではないという閉塞感からストリート・アートを始めたようです。
5.Miss Van(Vanessa Alice)
フランスのトゥールーズで18歳からグラフィティを始めた彼女は、「poupées」もしくは「dolls」と呼ばれる女の子たちのキャラクターを用いたグラフィティで有名です。
初期の頃からパンツの見えている女の子だったり、下着のような格好をした女の子の絵を描いていましたが、最近は仮面や刺青、動物・・などフェティッシュ的でどこかアンニュイな雰囲気になっています。
出身地はフランスですが、PEZやChanoirと共にバルセロナでの活躍で有名になった印象が筆者にはあります。
グラフィティと並行して、近年ではキャンバスに絵を描くアーティストとしての活動もされており、レオノール・フィニの作品と一緒に展覧会などを行うなど、幅広い作家活動をされています。
6.ONG Crew
複数のグラフィティ・アーティストの集団を「CREW」と呼び、世界中にたくさんのCREWが存在しますが、その中でも私はバルセロナの「ONG CREW」が一番好きです。
詩人、デザイナー、パフォーマーなど様々なバックグラウンド、職業のアーティストの集団で、「骸骨、夢、社会、革命」などをテーマにしたストリート・アートや、パフォーマンスを行なっています。
スタイル的にはバルセロナらしいキャラクターを用いたグラフィティが多いですが、グラフィティの表現としてミクストメディア的に様々な素材、画材を使っていたり、バスキア的な「文字+キャラクター」という表現もあるので、とてもポスト・グラフィティ的なCREWなのではないでしょうか。
なお、ONGとは「Ovejas Negras(オベハス・ネグラス/黒い羊)」の意。
7.Flying Förtress
ドイツのアーティストで、「Teddy Troops」という名前の「兵士+熊(犬)」のキャラクターを描いています。
※文献によって犬だったり熊だったりするのですが、本人が「bear army」と言っているので熊ということでしょうかね。
彼は元々はスプレーやアクリル絵具などを使い「スロウ・アップ(Throw-Up)」的にアウトライン+ベタ塗りで描かれたキャラクターを展開していましたが、最近ではグッズ化されていたり、多角的に活動されている模様。
8.CKE
スロバキアのアーティストで、音叉・あるいはスパナのようなY字型のモチーフをランドマークに描いています。Space InvadersやZeus、OBEYなどの象徴的・記号的モチーフを扱うアーティストに影響を受けているとのこと。
・・ですが、現在ではほとんど画像が見当たりません。格好良いのに、残念・・。
9.LEK
パリのグラフィティ・アーティスト。初期の頃はギリギリのところで対象物の特徴を残した抽象的な作風でしたが、最近はシャープな線の組み合わせ+背景に三角など決まった質量の面を多用するかなり幾何学的なものになっています。
彼はステンシルやスプレーといった比較的王道のスタイルでグラフィティをしていましたが、アーティストとしての活動も積極的に行なっているようですね。
10.Jace
フランスのアーティストです。彼の特徴は黄色やオレンジ色の人間のようなモチーフ(GOUZOUというらしい)を使っていることですね。
可愛らしい人型のキャラクターはしばしば街のポスターに現れ、ポスターの写真に対して何かストーリーを作り出したり、既にそこにあるものを利用して作品にしています。
このように固定のモチーフを扱いつつも、ランドマークに沿ったストーリーをドライブさせるという意味で、彼は非常にグラフィティ的と言えるかもしれません。見ていて面白いですよね。
◎参考文献
ここで到底紹介しきれないほどのグラフィティ・アーティストがこの世界には存在していて・・幸運なことに、今ではInstagramなどでもチェックできる便利な世の中になりました。
でも、グラフィティとはそもそも何か?とか、彼らが一体どのような存在なのか?という疑問を確かめる上で素晴らしい著作もこの世界にたくさんあります。
参考までに、筆者の本棚から所有しているものを幾つかご紹介します。
①Graffiti World: Street Art from Five Continents
おそらくポスト・グラフィティと呼ばれるアーティストのほとんどを網羅した本だと思われます。国籍によるバックグラウンドや、グラフィティの歴史、用語含めこの一冊があればポスト・グラフィティのアーティストたちの空気感がわかるのではないでしょうか。
アップデート版が出ているので、そちらを購入した方が今は良いかもしれませんが・・。
②Street Art
お勧めしようと思っていたら、Amazonでものすごい値段になっていますね・・。
こちらは①の著作と違い、当時人気だったアーティストを幾つかピックアップしつつ、グラフィティのスタイルについて丁寧に書かれているため、より入門書に近いものではないかと思います。
③Street Graphics New York
こちらはグラフィティの本というわけではないのですが、グラフィティを含めタトゥー、ネオン・サインなどの当時のストリートの感じがとてもよく出ている写真集のようなものでしょうか。
グラフィティとは何か、ストリート・カルチャーとは何かというものを視覚的に感じられるという意味で個人的に好きな本です。OBEYさんも載っています。
◎あとがき
如何でしたでしょうか?
参考文献も含めると3000文字どころか4000文字を超えてしまったので、「ライトユーザー向けのゆるふわ文章」という私がnoteに於いて目指すところでは既になくなってしまいましたが、
日本でのポスト・グラフィティ世代のアーティストって、恐らくヨーロッパやアメリカほど有名ではなくて、彼らがしばしばアートシーンに関わっているにも関わらず、
バンクシー以降のアーティストがなかなかフックアップされない現状がもどかしく・・いつか書こうと思っていたものを書きました。
もちろん、私が挙げた以上に素晴らしいアーティスト、シーンを語る上では重要になるアーティストも数えきれないほど存在します。
その空気感の一端でもここで出すことができていれば良いなと思いつつ・・。
<おまけ(アーティスト10選で泣く泣く挙げきれなかったもの)>
アーティスト10選で泣く泣く挙げきれなかったものを、画像だけでお送りします。
上からOBEY、Kid Acne、1980 Crew、Buff Monster、The London Policeです。
※偽物かもしれませんが筆者はハワイでOBEYの作品を見たことがあります。
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