生命の輝きを守りたい
「どーも〜」
「あっ、いらっしゃい!しばらくご迷惑おかけしました」
「1週間くらい休んでた?」
「えぇ。地元でちょっと不幸があって、帰ってたんです」
「そう。大変だったね。ご家族じゃないんでしょ?」
「友人なんですよ。
高校まで一緒だった幼なじみなんです」
「へぇ〜、病気か何か?幼なじみってことはまだ若いんじゃない?」
「学年で一つだけ下で。じつは。。その〜、自殺だったんです。。」
「そう。。 それはつらかったね。大丈夫?」
「なんか実感ないんです。悲しいってところまで追いつかないっていうか。
何が起こってるんだか理解出来なくて。。」
「そうだろうね、当然だと思うよ。
それにどんなに考えてみても、どんなに理由を探してみたって、
結局本人しかわからないことだもの」
「そうなんですよね。そうなんです。
それでも頭の中から何故?が消えていかないんです。。」
「あんまり人に話したことないし、
話すことでもないからマスターにも話したことないけど、
僕もね、経験者でさ。今となってはもう、夢のようだけど」
「えっ?お客さんが!?」
「うん。もっともっと若い、まだ26歳くらいだったかな〜。
僕は小学生の頃いじめにあってて、その後もこの人生、
お世辞にも幸せではなかったんだよ。
当時、決まっていた結婚がダメになったり、
一生懸命働いて貯めていたお金がある事件で消えてしまったり、
苦しみとつらさがそれは極まってたんだ。
もう全てに絶望していた。それでね。。」
「お客さんにもそんな過去があったなんて。。 信じられません」
「人って表面だけじゃわからないものだよね。
これで終わりって時に、ある声に助けられてさ。
う〜ん、別にその声が聞こえたとかそんな高尚な話ではないんだけど、
でもその時は本当にそんな気がしたんだ。
あの時は一生分泣いたな 笑」
「そうでしたか〜。何より生きてて良かった。
状況想像するだけで涙出てきますね、ホントに」
「ありがとう。こういう話は不幸自慢するみたいで嫌なんだけど、
マスターもつらいだろうってさ」
「身近にそういう人がいてくれるっていうのは慰めになりますよ〜。
こちらこそ、話してもらってありがとうございます」
「いやいや。でもね、人って苦しみやつらさが限界を超えてしまうと
人間の理性みたいなものを上回ってしまうことがあるんだ。
自殺の理由を後になってあれこれ考えたりするけど、理屈ではないんだよ。
心が壊れちゃうんだ。もうね、あらゆる全てが消えていくの。
時間が止まるんだ。ただ消え去りたいっていう想いだけが残る。
それは究極の生と死の間の瞬間だと思う」
「そうなんですか。。
でなきゃとても怖くて出来ないですよね、わかります」
「僕はこの人生で、一度でも自殺を考えたことのない人を信用しないな。
だって考えてもみなよ。
始めるかどうか聞かれもしないで放り込まれたがこの人生ってやつでさ、
この人生の生活の仕方、なんてマニュアルをご丁寧に渡されて、
準備万端で生まれてきた訳でもないのに、
結局は一人で70年も80年も生きなきゃならない訳でしょ?
それがどんなに難しくて大変なことか?
自分は人として生きることに向いていませんでした。
せっかくもらったこの命ですけど、神様にお返しします、
なんて思ったって不思議じゃないだろ?」
「本当ですね。生きることは大変ですよ。簡単なことじゃない」
「それでもさ、そういうことを経験して生き残った僕からすれば、
もう1歩だけ歩いてみない?って言いたいんだよ。
あとほんの少しでいいからこの人生を見てみない?ってさ。
死ぬことから生還したって、その後、薔薇色の人生が待ってた、
なんてことは全然ないんだ。
むしろ死ぬことよりつらい人生が続いたといってもいい。
でもさ、景色は変わるんだよ。
歩き続けていればどんなに小さな変化でも、どんなに少しの変化でも、
確実に景色は変わっていくんだ。だからそれを見てみない?ってね。
次の角を曲がったところに何があるかなんて、
人には決してわからないじゃないか?」
「そうかもしれません。僕も賛成です。
生きていればいいこともある、なんて軽々しいことではなくてですね」
「そうなんだ。そんなものはアドバイスにすらならない。
言葉なんかいらない、役に立つ事はない。
ただただ一緒に寄り添ってあげるだけで十分だよ。
苦しみやつらさを肩代わりしてあげることなんて他人に出来ることじゃないんだ。
でも、その大きな荷物を背負っている人を見ていてあげることは出来る。
一緒に歩いてあげることは出来るんだ」
「そうしてあげることが出来なかったことを悔やみます」
「仕方のないことだよ、それは。
でも、幼なじみのマスターが来てくれて嬉しかったんじゃないかな。
年齢を重ねた今でも忘れないでいてくれたんだからさ」
「ありがとうございます。。」
「今夜はその友人の分もコーヒー淹れてよ。
3人でお疲れさま会しようよ」
ありがとうございます。。 ありがとうございます。。。」
「生涯最高のコーヒー、淹れますよ」
「そうこなくちゃ 笑」