ちっちゃな幸せ物語(3)
幸せを呼ぶ四つ葉のクローバー
母たちは強し
弟が5月に交通事故に遭ってから、
母と弟は入院生活をして、
約三か月が経っていた。
家では、母が居ない日が続いていた。
母には、ママ友が何人かいた。
ママ友たちは、緊急事態を支えてくれた。
私の学校は、毎日お弁当を持っていくことに
なっていたが、私のお弁当は、
私の友達、なっちゃんのお母さんが、
毎日作ってくれた。
長い髪を毎朝、母に三つ編みをしてもらって
いた私は、斜め前に住んでいるりえちゃんの
お母さんに、毎朝三つ編みをしてもらった。
あの時は、ずいぶん周囲のお母さんたちに、
お世話になったのだな~と今更ながら、
感謝の気持ちが込み上げてくる。
強い子もキャパオーバーに
今考えるとわかることだが、
それでも、私の我慢は、学校生活に
支障をきたしていたらしい。
父からも母からも、私は、
賢くて強い子、しっかりした子
…と思われていたようだが、
そんな子が―――
毎日のように忘れ物をする…
宿題はやってこない…
言われたことを覚えていない…
と、今まで出来ていた
当たり前のことができなくなっていた。
ある日、母から電話があった。
「元気でやってる?」
「うん…」
「家政婦さんは、夕食ちゃんと作って
くれてる?」
「うん。」
「何作ってくれるの?」
「ラーメン。」
「ラーメン!?」
「うん、ラーメン。」
それからしばらくして、
弟は、完全看護の病院に移った。
そして、母が帰ってきた!
私は嬉しくてたまらなかった…
と書きたいところだが、実は、
この時期のことを、
私は全く覚えていない。
ただ覚えているのは、
水曜日、学校が午前中で終わると、
母と一緒に電車とバスに乗って、
移転先の弟の病院に行ったこと。
日曜日は、父の車で、
妹の預けられている伯母の家に寄り、
妹を車に乗せて一緒に、
弟の病院にお見舞いに行ったこと。
そして、子供は入れない病院だったので、
私と妹は手を繋いで、弟の病室の
ベランダから見える芝生に行き、
弟が出てくると手を振っていたこと。
その芝生で、私は、いつも、
母が帰ってくるまでの時間、
四つ葉のクローバーを探していた。
幸せを運ぶ四つ葉のクローバー
ある日、弟の病室から戻ってくる
母を待っている間、
いつもの芝生で、
四つ葉のクローバーを
二つ見つけた。
母が戻ってくると、喜び勇んで、
二つのクローバーを手渡した。
「はい、これ、ママにあげる!
四つ葉のクローバーを持っていると、
幸せになれるんだって。」
「ありがとう…。」
母は、涙を浮かべて喜んだ。
「あと、もう一つ。
これは、次に会う時に
トット君(弟)に渡して!」
「ありがとう。喜ぶわ。
でも、あなたの分はいいの?」
「うん。私は、ママとトット君が
幸せだったら、私も幸せだから。」
ママは更に涙を流して、喜んでくれた。
「じゃあ、ちゃんとこの本に挟んで、
きれいに取っておくわね。」
今振り返ると、
それから弟が退院して帰ってくるまでの
数か月間、私は一人っ子のように生活して
いたはずだ。
でも、全く甘えたような記憶がないのは
なぜだろう。まあ、それは良いとして…。
十一月の晴れた日。
弟は、ついに退院の日を迎えた。
その日は、父と母と私は、
いつものように父の車で、
弟を病院に迎えに行ったが、
帰りはいつもとは違った。
その帰りは、弟を乗せ、
伯母の家に、妹も迎えに行った。
何か月ぶりのことだろう。
五人が久しぶりに揃って、
車でドライブをしたのは。
弟も妹も一緒にいられることが、
本当にしあわせだった。
車の後ろ座席に並んで座った
私たち三人は、
「良かったね!」
と笑顔で言い合った。
今度は、嬉し涙が止まらなかった。
母も、帰りの車の中で、
ずっと涙を浮かべていた。
もらい泣きか、本泣きか、
バックミラーから見える父の目にも、
涙が夕日で光って見えた。