トヨタはEV戦争に勝てるか?「トヨタのEV戦争」
「トヨタのEV戦争・EVを制した国が世界の経済を支配する」中西孝樹著・講談社2023年7月発行
著者は1962年生まれ、山一証券、メルリンチ証券、モルガン証券調査部長を経て、自動車産業調査部門トップのアナリストである。
2023年豊田章男氏は社長を佐藤恒治氏に交代、新体制に移行した。トヨタは円安で好業績を維持するも、多くの課題を抱えている。
ディーラー不正車検、ダイハツ、豊田織機認可不正のガバナンス問題、EV化の遅れ、トヨタの強みだったトップ決断ワンチーム体制など、順調であった故に今まで隠れていた矛盾が表面化している。
トヨタは言う。「EVにシフトしたとしても脱炭素が実現するわけではない!」「ハイブリッド、プラグインハイブリット、燃料電池車などバランス良く普及させる!」「敵は炭素、内燃エンジンではない!」確かに正論である。
本書は、正論の是非を問わない。しかし欧州、中国、米国はEV戦略に向かって猛進する。正論を言っているうちに、日本の自動車産業は電池を持たないプレーヤーとなり、滅びていくと主張する。
トヨタ新体制は、2026年EV車販売目標150万台を掲げる。テスラ並みの生産性向上(組み立て効率40%アップ、製造原価50%削減)を目指す。目標達成は可能だろうか?
米国は、巨大補助金制度で電池とグリーン産業の囲い込みを図り、50兆円超の投資を投下する。同時に2026年から温暖化ガス規制は一層厳しい規制となる。
中国は、アリババ、バイドウ、テンセントのテック企業により、データ処理の標準化を達成し、中国自動車メーカーの開発スピードは、世界がコロナ危機で停滞する間に、他国が追い付けないスピードで進展した。技術力は別世界と言われるレベルである。
米国は次世代車として、グーグル等IT企業中心のコネクトテット化、ソフトウエア化が進む。日本は伝統的自動車メーカー中心の開発型である。唯一、ホンダはソニーと提携して、双方向通信を持つ車の開発を目指している。北米をにらんだ戦略である。
トヨタEV戦略の遅れは致命的である。全方位戦略・マルチパスによるトヨタEV車販売数は2022年2万台に過ぎない。
テスラは154万台、中国BYDは91万台、VWは57万台。2025年にテスラは300万台、VWは200万台。その結果、トヨタは2026年150万台目標を掲げざるを得なくなった。実現の見通しは難しい。うまく行って、100万台が精一杯だろう。
トヨタには2026年「収益の崖」が存在する。EVシフトによるコストアップによって、2026年より収益が減少する。それを乗り越えるためにはEV車販売100万台確保が最低条件である。
その他の課題は、内製電池の生産性の低さ、コスト克服の問題、トヨタグループ企業改革、テスラ等の3万ドルを切る低廉EV車に対する競争力確保などが必要である。
国内自動車部品サプライヤーは、EV化で部品点数が減少、生産台数も減少、ハードウエア更新期間が長期化する。自動車部品生産額は2019年19兆円から2026年には15兆円へ2割以上減少すると見込まれる。
巨大、優良企業でも崩れることがある。それは変化への適合力によってである。
タイタニック沈没は、当初、操舵手へ「左に舵を切れ」と指示した。操舵手はカン違いして右に切った。直ぐ気が付き、左に修正した。すでに間に合わず、氷山に激突、沈没した。
「訂正する力」という本が売れている。その本で、今の日本人は訂正・変化を嫌う文化があると述べている。
いま必要なのは、トップダウンによる派手な改革ではなく、一人一人がそれぞれの現場で、現状を少しずつ変えていく地道な努力ではないだろうか?