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「日銀総裁のレトリック」木原麗花著
「日銀総裁のレトリック」木原麗花著・文春新書2024年9月発行
著者は1973年生まれ、早稲田大学院政治学研究科終了後、時事通信社、米ダウ・ジョーンズ経済記者を経て、現在ロイター通信社日銀担当記者。20年以上日銀担当記者として取材に従事する。
日銀の金融政策が現在ほど脚光を浴びている時期はない。それは17年振りに金利のある世界が復活し、為替も株式市場も日銀の動きを注視しているからだ。
2期10年にわたる黒田前日銀総裁から学者出身の植田総裁に交代、2年余りが経過した。10年以上の異次元緩和政策の副作用は大きく、国債、株式、為替市場も日銀の動きに影響を受けざるを得ない。政府の財政政策も日銀依存を高めている。
来年度予算は税収増にも拘らず、28兆円の新規国債を発行する。今後、金利上昇で国債利払い費増加も避けられない。これらは長期間にわたって中央銀行の金融政策に依存した結果である。
それ故に日銀総裁による市場とのコミュニケーションの仕方、報道向け、国民への広報の仕方は重要である。本書は過去日銀総裁のメッセージの伝え方を振り返り、難解な言い回しの「日銀文学」の問題点を読み解く。
著者は外国通信社勤務が長く、カタカナ用語の多用が目立つ。分析視点も三つの側面から分析する。
一つは「レトリック分析」である。「レトリック」とは弁論技術、説得技法という概念である。日銀の金融政策の正当性をどのように説得できるか?その技法の高さからの分析である。
二つ目は「モダリティ」つまり確信を持って話しているか?を示す概念。モダリティが高かったのは黒田総裁のスタート前半期である。「デフレは病、日銀は医者」のスローガンで異次元緩和策を打ち上げた。しかし後半にはモダリティは低下、大きく変化した。
三つ目がナラティブ(物語作り、ストーリー化)である。日銀政策の展望、未来像作りのため技法である。最も上手にナラティブを活用したのが、安倍晋三、黒田総裁らでスローガンは「デフレ脱却」であった。
ナラティブ作りで多用されるのが「メタファー」である。○○のようにとかという比喩で政策を例えること。黒田氏の「バズーカ砲」はまさにこのメタファーの活用である。
過去の日銀総裁のスタイルを見ると、白川総裁は低モダリティ、福井総裁は中モダリティ、黒田総裁前半は高モダリティと言える。大きく「分析型」の白川総裁、「決断型」の黒田総裁、「中間型」の植田総裁と区分することができる。
日銀総裁は自己の金融政策の幅を狭くしないよう、フリーハンドの余力を残す傾向が強い。それが分かりにくさが生まれる原因となる。わかりやすさを求める余り、全て断定しすぎる傾向になったのが黒田総裁である。そのバランスが難しい。
総裁個人の人間性、性格によってスタイルは変わるが、総裁の基本的姿勢は日銀事務局側が演出する。その意味でも几帳面な日銀、自由な財務省の性格が出てくる。
日銀のコミュニケーションの仲介の役割を演じるメディアの責任も重要である。日本メディアは同質性が高く、独自性が乏しい。世論作りの関わるメディアのレベルの向上は必須である。
それ以上に日銀当局の広報技術のレベルアップが必要である。日銀文学と呼ばれる難解な展望レポート、日銀レビューの改善も喫緊の課題であろう。