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「法隆寺を支えた木」西岡常一・小原二郎著
「法隆寺を支えた木」西岡常一・小原二郎著・NHKブックス改訂版2019年6月発行
著者は昭和最後の宮大工と言われる名棟梁西岡常一(1908年~1995年没)と千葉大学工学部建築学科名誉教授で農学博士の小原二郎。専攻は人間工学、住宅産業、木材工学である(1916年~2016年没)
本書は、なぜヒノキは1,300年もつのか?法隆寺の奇跡を解き明かす。千年以上の長い間、大伽藍を支えてきた木の秘密を解く。それは木の特性、クセを読み解き、適材適所に木材を使いきる宮大工の技術、腕にあるという。
法隆寺建物の木材は大和地方産出、遠くは室生、吉野産のヒノキで建てられた。それも直径2.5m以上樹齢2,000年以上のヒノキ材が使用された。故に伐採後の建築材としても1,300年以上の寿命を保っている。
ヒノキは腐りにくく、木目の通りが良く、オノで木を削り、角材、板を作るにしても、昔の幼稚な道具のヤリカンナでも使いやすい。そのうえ、スギは800年、マツ、ケヤキは400年の寿命であるが、ヒノキは1,300年以上の寿命がある。その木の寿命を縮めるのは鉄である。故に釘を極力使わない。
宮大工の言い伝えに「塔組みは木組み、木組みは木のクセ組み、木のクセ組みは人の心組み」という言葉がある。木のクセとは「ねじれと反り」である。木の産地、育成環境によるクセである。この言葉はマネージメントの核心とも重なる。
建築学者小原氏は、日本の木材資源は今や危機にあると言う。危機とは量の不足と質の低下である。奈良東大寺は源平合戦と松永久秀の乱によって2回焼失した。
東大寺3回目の再建には木材不足で九州霧島からアカマツの大木を運んだ。元禄5年(1692年)当時すでにヒノキの大木が国内で調達できなくなっていた。建築木材はヒノキ、次にスギ、その後にマツの順番で使用される。
江戸城は過去何回も火災で焼失している。明暦3年(1657年)振袖火事で本丸と天守閣が焼失した。以降、財政難もあって天守閣再建を断念した。江戸時代、本丸御殿(将軍の居所)の増改築及び再建は6回、西丸御殿(前将軍・世継ぎのための住居)は8回に及んだ。その木材は紀州藩、尾張藩などから調達された。
ヒノキは生長が遅く、天然木材の産地も木曽、吉野に限られ、大木はごく限られている。法隆寺の再建、修理の木材も海外台湾のヒノキの大木が使用されている。それだけ、量、質とも低下していると言える。
日本の林業は衰退を辿り、近年大雨、大型台風襲来で山崩れ、土砂被害が多発している。林業を支える人材不足、山林の荒廃が進み、クマ被害も増大している。自然と人間の調和と再開発がいまこそ必要だろう。