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「異次元緩和の罪と罰」山本謙三著
「異次元緩和の罪と罰」山本謙三著・講談社現代新書2024年9月発行
著者は1954年生まれ、日銀入行、決済機構局長、金融機構局長を経て、2008年理事就任、白川日銀総裁のもと、リーマンショック、東日本大震災後の金融システム安定に尽力し、2012年日銀退職。
本書は黒田日銀総裁の異次元金融緩和政策批判の書である。批判のポイントは、中央銀行の「財政ファイナンスの禁止」「資産の健全性確保」「独立性の確保」「市場介入の極力抑制する」等を挙げ、過去からの人類の知恵、中央銀行の理念から逸脱した点にある。
異次元緩和実験11年の最大の罪は、日本経済正常化への道筋を著しく困難にしたことにある。市場経済回復の大切さ、痛みを伴う財政再建の難しさを我々に再確認させたことにある。デフレ脱却の効果以上に副作用のコストがより上回っている。
本書は異次元緩和の罪に次の三つを挙げる。一つは物価目標2%の絶対視により混乱させたこと。二つは財政規律を弛緩させたこと。三つ目が金融市場の歪みを促進させたことである。
異次元緩和の罰としては、一つに出口戦略の途方もない難しさを示した。二つになぜ途中で立ち止まり、変更できなかったか?金融政策実行過程の異常さを表面化させた。三つ目は、国と通貨の信認確保に向けての将来不安定性である。
黒田金融政策の問題点は、あまりにも理論に偏り過ぎて、現実の実体の市場経済、金融システムの動向を把握せず、中央銀行と政治権力を使って、力づくで日本経済を操作しようとしたことにある。
その政策は国民の心理的期待に依存する政策。いわば「信じる者は救われる」という宗教的理論であり、日本経済それ自身を金融政策の実験台としたものである。
異次元緩和の結果、生まれたのは一種の「適合的期待」である。適合的期待とは過去のデータや実績に基づき、将来を予想する庶民特有の考え方をいう。
その結果、国債発行すれば、財政赤字は何とかなるという思考形態が生まれた。安倍元首相の輪転機で金を印刷すれば危機を乗り越えられるという安易な考え方である。政治は財政支出を優先して、バラマキ政治になりがちであり、財政ファイナンスに陥りやすい。
植田日銀総裁の金融政策は、異次元緩和のマイナス課題の多さのため、出口戦略は長期化せざるを得ない。黒川総裁期間11年の間に、日本経済の成長力は弱体化し、生産性も低下した。
ゆえに金利引き上げの余力幅は少ない。金利も賃金も、生産性向上以上に引き上げることは不可能である。今後経済成長率は1%前後で推移するだろう。
経済成長率は人口減少率と相殺され、生産性のかなりの上昇率が見込まれないと、物価上昇率が先行され、景気低迷の中の物価上昇、スタグフレーションに陥る可能性が強い。即ち悪性インフレである。
政治はインフレ対策として、金利引き上げを実行出来ず、国債発行の財政出動の景気対策を選択する。結果、財政ファイナンスの悪循環に陥る。
いまこそ、過去の惰性的政治を見直し、日本経済の根本的立て直しが必要な時期である。日銀自身も異次元緩和政策の検証結果を予定した経済効果は挙げられなかったと総括している。
本書は、黒田異次元緩和に対する日銀正統派からの批判として読む価値がある本である。