「ガザ日記・ジェノサイドの記録」アーティフ・アブー・サイフ著
「ガザ日記・ジェノサイドの記録」アーティフ・アブー・サイフ著・地平社2024年5月発行
著者は1973年ガザ地区ジャバリア難民キャンプで生まれる。ブラッドフォード大学で修士号、欧州大学院で社会科学博士号取得、西岸地区に居住する小説家。2019年よりパレスチナ自治政府文化大臣。
本書は、著者が15歳の息子を連れて、ガザ地区に住む親戚を訪問中にイスラエルの爆撃が始まり10月7日以降、3ケ月近くガザに閉じ込めれれる。
その間に親戚、まわりの者が次々に殺されていく。妻の姉夫婦一家は爆撃で自宅が吹っ飛んだ。唯一、生き残った姉の子は両足、右手を切断した。
生死を分けるのは全く偶然、昼は空中ドローンで監視され、動くものは全て攻撃される。昼夜問わず、戦闘機や地上からのミサイル攻撃にさらされる。住宅、建物が破壊され、毎日、何百人の民間人が殺される。瓦礫の下には死体が放置される。
イスラエルはガザに人が居住できないように、水道、排水、発電所等のインフラ設備を破壊する。電気が通るのは一日に数時間である。ガザ住民の8割がホームレスでテント生活を余儀なくされている。それはジェノサイド、民族浄化そのものである。
イスラエル軍は、病院や学校、墓地まで破壊する。親戚や友人、子どもが殺される。遺体がばらばらになっても身元が確認できるように、人々は手足に自分の名前を書いておくという。さらに食料や水、電気、医薬品などの不足は、あまりにも深刻だ。
ガザで何が起きているのか、と問われた著者は「正しい質問は、いま何が起きているじゃなくて、何が起きてきたかだろう。この間ずっと──75年以上にわたってだ」と答える。
1948年「ナクバ(大災厄)」と呼ばれるイスラエル建国時の民族浄化以来、イスラエルがパレスチナ人の殺害と追放を繰り返してきた歴史を見よ、ということだ。
世界から「私たちは見捨てられている」と著者は言う。だから、ガザの記憶と現状を伝え、この攻撃は「正当防衛であるとするイスラエル側のストーリーから世界を引きはがす必要がある」そのために、著者は極限状況の中からこの日記を書き続けた。
本書の収益は、パレスチナ支援団体に寄付される。緊急支援は必要だが、イスラエルによるパレスチナ人抹殺の歴史に終止符を打たないかぎり、真の問題解決はないだろう。
一方で日本政府は米国に追随してイスラエルを支持し、パレスチナ人を見殺しにしてきた。そういう日本政府の姿勢を変えさせるべきである。
パレスチナ人を見捨てながら人道的支援で助けているかのようなふりをする日本政府に抗議する。本書の必死の訴えに応えるために、そうした声をもっと上げていく必要がある。
ガザ地区の民間人死者は現地点で4万人近く、瓦礫の下にはまだ多くの行方不明者がいる。ウクライナでの民間人死者は2年半で9,000人余り、国際社会はロシア侵略を非難する。一方で米国、G7諸国支援のイスラエルはパリ五輪に参加を認める。
どちらがジェノサイドか?国際政治の力学に振り回されて、命を失っていくパレスチナ人。米国民主政治は金のある人が政治を動かし、自分が好まない政権は拒否する民主主義である。日本もどんどん米国民主政治に近づいていく感がしてならない。
本の表紙に英語で「左を向くな」とある。これは著者がガザを脱出した時、イスラエル兵に言われた言葉。軍事占領下の生活に自由はなく、占領者の気まぐれで変更され、撤回される。明日の計画すら立たない。
不安定でその場しのぎの今日を生きるだけの不条理、不公平な日常、選択肢の無い人生である。彼らの恐怖は確固たる「現実」である。私たちの不安は単なる「想像」に過ぎない。
ジャーナリストは、攻撃開始後、1か月ほどガザに留まったが、その後はエジプト国境まで避難した。自分の命を守るためだ。国際赤十字は攻撃開始後第一週目でガザ北部、中部を離れた。
止む得ないかもしれない。しかしガザ北部、中部の出来事は誰にも、世界にも報道されない。治療もされずに死亡する市民も多い。ガザの現実を知るためにも、ぜひ、この本を読んでほしい。