鬱野、ステーション・バーに入る
まえがき
施川ユウキ「鬱ごはん」と吉本浩二「こづかい万歳」のクロスオーバー二次創作です。
鬱野、ステーション・バーに入る
漫画で見た「ステーション・バー」をやってみようと思った。駅の片隅でひっそりと、行き交う人々を肴にして一人酒を飲むという行為だ。最初は意味不明だったが、32にして就職浪人を決め込み、腰を落ち着ける先が特にないオレ鬱野たけしにはお似合いの行為かもしれないと思い直して真似をしてみることにした。
「袋の方いかがですか」「あっ大丈夫です」
やってしまった……!!
ビニール袋を有料化する悪法のせいで、駅の売店でまで袋にいちいち確認を取られてしまい、反射で拒否してしまった結果……ビールとハイボールにつまみの焼きかままでをも生で持ち歩く、完全な飲んだくれをアピールする結果に……!
急いでステーション・バーを済ませて、可能な限り早く立ち去る……これしかない!
挙動不審にきょろきょろと周囲を見回しながらベストな場所を探る。駅は人が多く不審者の一人や二人気にもとめない。だからといって長居はしたくない。どこだ……オレのステーション・バーは……!? 酒とつまみを抱えて右往左往する飲んだくれが居てもおかしくない場所は……!
あった! 誰も来ないであろう奥まった所にに、誰も来ないであろうことを見越して掃除用具かなにかのロッカーがぽつんと置いてある、ほどよく無意味に空間が存在するスペース……!ここだ!ここならば!
心の底から安堵し、ビールの缶を開ける。焼きかまを齧り、ビールを口に含む。
ビールと焼きかまの味がした。
当たり前だがビールと焼きかまはどこで食べてもビールと焼きかまでしかない。ステーション・バーと粋がってみても何も変わりはしない。ただの飲んだくれアピールが、ただの飲んだくれになっただけだ。
というか、ステーション・バーの醍醐味である人通りが全くない。そういう場所を探してたどり着いたのだから当たり前だが完全な失敗だ。
ビールを飲み干し、ゲフゥー、と大きくゲップをして、ハイボールの缶を開ける。焼きかまは半分残っている。理想的なペース配分だ。
「うっ!」
ポタリ、ポタリ、とハイボールを持った手に水滴が落ちてきた。上を見ると、濡れた天井から水が滴っている。水たまりも無い。なぜ今、このタイミングで水漏れが発生してしまうのか。
オレは……ステーション・バーにすら居つけないのか……
ステーション・バーを断念し駅を出ると、来る時には影も形もなかったゲリラ豪雨。さっきの水漏れはこれか。
オレはさっきまでステーション・バーだった駅構内の片隅に戻りハイボールを飲み干すと、空き缶を雨漏り箇所の真下に置いてその場を立ち去った。
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