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大学進学か、VALORANTのプロか 高校生のMeiyがたどり着いた答え
ある日の夕食時、Meiyの父親が突然スマホを取り出した。
「VALORANTの試合、見てるんだよね。どれだけすごいことか、やっとわかった」
ゲームの世界に理解を示さず、ましてや『VALORANT』の名前も知らなかった父親が。プロeスポーツ選手になることにも反対していた父親が。初めて、自分の試合を見てくれた。
Meiyは驚きと、嬉しさと、照れくささとがこみ上げた。
“ラストチャンス” 国内予選の悔しさを力に
父親が見ていたのは、VALORANTファンが熱狂した「APAC ラストチャンス予選(APAC LCQ)」だ。VALORANTの公式大会「VALORANT Champions Tour(VCT)」においてシーズンの集大成となる「VCT Champions」への出場権を懸けて争う。Meiyが所属するプロeスポーツチームNortheptionを含め、Championsへの出場を決められていないチームにとっては、その名の通り「ラストチャンス」となる。
Northeptionは以前の国内大会「VCT Stage3 - Challengers JAPAN」で国内トップ2のCrazy RaccoonとZETA DIVISIONに負け、Champions行きを逃したところだった。
「ChallengersでのZETA戦は、VALORANTをプレイしてきた中で一番悔しかった試合ですね」
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アッパーブラケットではZETAを下したが、ロワーブラケットで再び対峙した際は1マップも取れなかった。一度勝った相手に負け、目標としていた「世界大会」への道が阻まれた。
敗北に終わったと思っていた今シーズン。APAC LCQへの参加チームに変更が生じ、大会開催2週間前にNortheptionの出場が決まった。雪辱を果たす、今シーズン最後の機会だ。MeiyはAPAC LCQに向けて、起きてから寝るまでの時間をVALORANTに費やすようになった。
時間が足りない中で尽くしたベスト
Northeptionは日韓の選手が集まったチームだ。
試合中は素早く的確なコミュニケーションが求められるため、言語の壁を克服しなくてはならない。複雑な表現は避け、射線に顔を出すときは「ピークする」で統一するなど、対策は徹底した。それでも足りない部分は、日本語と韓国語が両方堪能なIGL(インゲームリーダー)、Astellが通訳となりカバーした。
「それでも、すべてのマップを練習しきることはできませんでした」
ゲーミングハウスが無く、普段からオンライン上のコミュニケーションだけのNortheption。練習スケジュールは各家庭の事情を考慮しなくてはならない。かくいうMeiyも、家族との夕食の時間は絶対だ。19時から20時にかけて、チーム練習は休まざるを得ない。
時間が足りないながらも、Northeptionは練習不足を感じさせることなく破竹の勢いでAPAC LCQのトーナメントを勝ち進んだ。シンガポールのPapar Rexとの試合でこそ「精神的に苦しかった」とMeiyが振り返るように有利な状況から追い上げられて危うさを見せたが、当初の戦略通り勝ち切った。
とにかく目の前の試合をこなしていった結果、ついにグランドファイナルまでこぎつける。
「試合を重ねるごとに加速度的にうまくなっていく実感がありました」
大会前に考えていたよりも、ずっと上位まで残れた。あとは、トーナメントで一度勝っているタイのFULL SENSEに勝てば、念願の世界大会だ。
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グランドファイナルは3マップ先取だ。国内の多くのVALORANTファンが見守った試合は、序盤こそNortheptionが有利に進めていたが、FULL SENSEの粘り強さを前に2対2で最終戦までもつれ込む。
緊張から吐き気がした。インターバル中は、ただただ試合の再開を待つ。「無の境地」に至っていた。
チームメンバーとの会話はまったく無い。自分を含めたメンバー全員が集中していた。前のマップの反省も、次への戦略の相談も必要ない。これまでの練習の成果を、そしてチームメンバーを信じれば、結果はついてくる。
5時間以上にも渡る接戦の末、結果は惜敗――。
Meiyにとっては初の国際公式大会で準優勝。誰にでも誇れる結果だ。だがChampionsへの切符は手からこぼれ落ちてしまった。自分でも「ここまで来れるとは」と驚く反面、悔しさは募るばかりだった。Meiyは試合が終わった直後ボイスチャットをミュートにして、1人で泣いた。
ゲームは趣味、大学進学が目標だった
MeiyがPCゲームに触れたのは小学校低学年の頃。PCゲームをプレイしていた兄の影響だ。「Counter Strike Online」や「メイプルストーリー」などを経て、中学生になってからは「Counter-Strike: Global Offensive」をプレイし始める。兄が古いPCを譲ってくれ、中学2年生になってからは「フォートナイト」にもハマった。だが中学3年生になり高校受験が迫ってくると、ゲームはきっぱりやめてしまった。
高校入学後にまたフォートナイトをプレイし始めたが、今度は大学受験を見据えて1日1時間程度のプレイに留めるようにした。VALORANTを始めたのは高校2年生のとき。VALORANTのリリースから1カ月ほどが経ち、友人に誘われた。
「運要素がほとんどなくて、実力を証明できる感覚が楽しい」とVALORANTにのめり込んだ理由を語るMeiy。家にいる時間をすべてVALORANTのプレイにあてるために、往復2時間ほどの通学時間や学校の休み時間をフルに使って受験勉強を続けた。
程なくしてアマチュアチームに入って活動するようになったが、それでも最優先は学業。すき間時間を使ってひねり出した夜のフリータイムに、あくまで趣味の範囲でVALORANTをプレイしていた。
転機となったプロへの誘い
転機になったのはVALORANTを始めて半年が経った頃。Northeptionのコーチから送られてきたTwitterでのDMだった。チームへのスカウトだった。本来であれば必要なトライアウト(チームへの入団試験)を免除する前提の勧誘だった。破格の待遇に「それだけ求められている」と感じた。
両親には「大学に行くことを優先しなさい」と反対されたが、巡り合わせたチャンスは逃したくない。Meiyは勢いで加入を決めた。高校も全日制から通信制に移して練習時間を作り、プロとしてのキャリアを歩み始めた。
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弱冠18歳の高校生ながら「プロ」としてeスポーツの世界に飛び込んだ。だが、心残りもあった。本当に大学進学を諦めてもいいのか。プロゲーマーとして、キャリアを積み続けられるのか。迷いながらも、ChallengersやAPAC LCQなどの大会にひたむきに臨んできた。中学生の頃に友人から譲り受けたキーボードと共に、ただひたすら戦い続けた。
目標は日本一、父からの言葉を励みに
大会後、Meiyはファンに向け「配信やTwitterでの応援にはすべて目を通しています。そのおかげで勝ててきたし、感謝の気持ちでいっぱいです」と答えた。「まずは日本一になることが目標です。日本一になって、世界に行きたいです」
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APAC LCQの配信は最高同時接続数10万人以上を数えた。その1人に、Meiyの父親もいた。父親は試合後、Meiyが選手として期待されているかようやくわかった、と理解を示してくれた。父親が初めて、自分をプロゲーマーとして見てくれた。
「恥ずかしくて何も言葉を返せませんでした。でも、認められてめちゃめちゃ嬉しかったです」
Meiyは後日、自身の通う高校の三者面談で「プロゲーマーでやっていく」と伝えた。先生はMeiyの想像通り、理解してはくれなかった。それでも、プロゲーマーとしての人生を歩み続けることは心に決めていた。
すでにVALORANTは、Meiyの「仕事」になっている。チームメンバーも「信頼できる仕事のパートナー」だ。まだまだメンタルがついていかず、ミスをすると逃げ出したくなることもある。だが、嫌なことがあっても仕事は仕事だとわかっている。Meiyを支えるのは、プロ意識と飽くなき向上心だ。
迷いは、もう無い。
(取材・文 Melt 写真:Northeption提供)