クレテンザ1926×78rpmの邂逅 #08~H.シュミット=イッセルシュテット モーツァルト『魔笛』序曲
1926年製ヴィクトローラ・クレデンザ蓄音機で78rpm(SP盤)を聴くシリーズ。
今回は20世紀前半のドイツの音楽的伝統を継承し、1970年代まで活躍した指揮者、ハンス・シュミット=イッセルシュテット(Hans Schmidt=Isserstedt, 1900年5月5日 - 1973年5月28日)がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音したモーツァルトの歌劇『魔笛』序曲を。
『魔笛』序曲
『魔笛』の序曲は、78rpm時代にもよく録音されていたオーケストラ・ショー・ピース。調べたわけではないので確証はないが、同じくモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』のそれと比較しても、その数は多いのではなかろうか?
理由は定かではないが、この2つのオペラが「オペラ・ブッファ」でイタリア・オペラの伝統を受け継ぐ(歌詞もイタリア語)のに対し、『魔笛』は「ジングシュピーゲル」=「歌芝居」で、ドイツ語で歌われ、レジタテーヴォではなくセリフも多く、ストーリーもメルヘンチックで、ドイツではより身近な演目であったこととも関係しているかもしれない。
『魔笛』はその後のオペレッタ、そしてミュージカルの祖先、と言ってもよいだろう。
ハンス・シュミット=イッセルシュテット
シュミット=イッセルシュテットは、それまでのドイツの先輩指揮者同様、歌劇場の練習指揮者を振り出しにキャリア積んでいき、1935年にハンブルク国立歌劇場首席指揮者、1942年にはベルリン・ドイツ・オペラ音楽監督に就任している。
彼は戦時中もドイツに留まったがナチスの党員ではなく、政治とは一定の距離を保っていた。
それも関係したのだろう。ハンブルクを統括していた連合国イギリスの思惑もあり、戦後すぐの1945年、自らも積極的に関与し設立された北ドイツ放送交響楽団(設立当初は北西ドイツ放送交響楽団)の首席指揮者に就任。このオーケストラを短期間で一流の団体に仕立てた。その後1971年に辞職するまで、長くこの職に留まった。
ウィーン・フィルとの「ベートーヴェン交響曲全集」
シュミット=イッセルシュテットの音盤で最も広く知られているのは、1970年のベートーヴェン生誕200年のアニヴァーサリー・イヤーに向けて録音、リリースされたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との「ベートーヴェン交響曲全集」だろう。
イギリス・デッカが企画したこのプロジェクトは、ウィーン・フィルにとっては初のベートーヴェン交響曲全集であった。
ベートーヴェンが活躍した音楽の都の、そして世界を代表するオーケストラであるウィーン・フィルによる初の全集録音。このプロジェクトは他の全集とは異なり「指揮者ありき」ではなく「ウィーン・フィルありき」であった。ベートーヴェン演奏の伝統を誇るウィーン・フィルが、アニヴァーサリー・イヤーに発表する交響曲全集、という視点ですべてが進められていたと言っていい。
「では、それを指揮するのは誰が良いのか?」ということになった結果、シュミット=イッセルシュテットが選ばれたのだ。
ドイツ音楽の伝統を心得、キャリア的にも申し分ないシュミット=イッセルシュテットではあったが、それまでウィーン・フィル、そしてその母体となるウィーン国立歌劇場との接点はほとんどなかった。
強いて言えば、1950年代末、ヴィルヘルム・バックハウスによる「ベートーヴェンピアノ協奏曲全集」でバックを務めたウィーン・フィルを指揮したのが、これまたシュミット=イッセルシュテットだった、ということが背景にあった程度である。
言ってみれば、ウィーン・フィルにとって彼との演奏、録音はレコード会社にお膳立てされた「他流試合」。
これは良い意味では「新鮮さ」「ほどよい緊張感」を生んだ。そして決して自己主張を強くするタイプではない、ザハリッヒ(即物主義)な解釈を基本とするシュミット=イッセルシュテットが振ることにより、ウィーン・フィル本来のオーケストラとしての魅力を前面に打ち出すことに成功したと言ってよい。
これには実は伏線があり、全9曲中8曲をプロデュースしたのは、音楽学者でデッカのプロデューサーでもあったエリック・スミス。
スミスはシュミット=イッセルシュテットの息子である。
演奏の評価には表裏一体的なところがあり、ウィーン・フィルの美質を最大限に表出させるため、これは明らかに指揮者の個性、そしてベートーヴェン演奏に求めたくなる革新性のようなものは希薄となった。「スタンダードな名演」「入門者向けベートーヴェン交響曲全集」というのは、必ずしも賛辞には繋がらないかもしれない。
私もこの全集が初CD化された時に購入し耳を傾けたが、絶対的感銘は受けなかった。
ただし、もし今再度耳を傾けたらまた別の感慨を持つのかもしれない。
それは、ヘルベルト・ブロムシュテットとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のあの全集、何も足されず引かれてもいないのに、ベートーヴェンの本質を見事に突いたあの演奏に驚嘆した今だから、と思ったりもする。
ドヴォルザーク2曲
閑話休題。
シュミット=イッセルシュテットの音盤で、個人的に気に入っている2つのドヴォルザークがある。
ひとつはガスパール・カサドがソロを取った『チェロ協奏曲 ロ短調 作品104』。1935年の78rpmでオーケストラはベルリン・フィル。
もうひとつは1955年に発売された手兵、北ドイツ放送交響楽団を指揮したLP『交響曲第7番(当時は第2番) ニ短調 作品70』。
堅固でありながらも、郷愁や懐かしさを感じさせる、さらにハンサムな音楽は彼の音楽性の高さを改めて感じさせる。
【ターンテーブル動画】
ハンス・シュミット=イッセルシュテットがベルリン・フィルを指揮して録音したモーツァルトの歌劇『魔笛』序曲の78rpm。
手元にあるのはNIPPON TELEFUNKEN盤だが、侮ってはいけない。
元々コンディションは良い盤だが、そこに刻まれた音は相当鮮明で、90年近く前の録音とは思えない。
この序曲の、そしてそれに続くオペラ本編も想像してしまうようなワクワク感を堪能できるカッコいい演奏だ。