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自分の理解するところの


 集団生活では、些細な対立や摩擦は環境過敏から生じることが多い。人との関わり方について、内面に起こる感情的な反応を完全にコントロールするのは難しい。理性的に状況を理解していても、予期せぬ相手の反応や状況に直面すると衝動的な反応をしたくなる欲求に駆られる。

 その気持ちを抑えるのではなく、自然の流れに身を任せて鎮めるよう自分に言い聞かせている。その経験を重ねていくことで、このプロセスに徐々に慣れていくことが、まさに認知行動療法の本質だと思う。

 精神的な負担の大小は別として、人生に人間関係が占める割合は非常に大きい。そのため、自己理解を深めるためにも、これまでの固定的なパターンを単純に繰り返すことは、真の意味での進歩とはいえない。

 6畳の部屋に4人が生活しているので、人に苦手意識をもったり、人間関係の構築を後回しにすると一気に過ごしにくくなってしまう。

それなのであらゆる角度、視野で状況や人物を観る必要がある。その過程で視野を広げることが非常に大切になってくる。そして、湧き上がる怒りや生じる摩擦をいかに適切に処理するかが課題となる。

 これは病棟生活で延々と思考を巡らせてきた。最終的には、状況に応じてどこまで実践し、適用できるかが鍵となる。

 苦しいときこそ学びの材料が転がっている。焦りが選択肢を狭くしてしまうことは分かっている。自己制限ではなく、自己統御が求められている。「何ができるか」ではなく「この状況でできることは何か」を考えていきたい。

2015 5/28


人生には素晴らしい大波がやってきて、私たちを前に進めてくれることもあります。

ところが、そのあと次の波がやってくる前の地固めの期間が必ずあるものです。こうした時期も、過程の一環として受け入れなさい。

決して意欲を失ってはなりません。

アイリーン・キャディ


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あいひん
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