【ほんのり怪談二本立て】『塩をふらない』『溜めこむ』
第一話『塩を振らない』
大好きだった先輩が亡くなった。
高校三年生、まだ十八才という若さだった。
イケメンで明るくて、ちょっと遊び人の噂もあったが、それもまた魅力であり憧れる女子の多い先輩だった。
先輩は大学生の友人達と車に乗って遊びに行き、事故に遭い、そのままあっけなく亡くなった。
先輩の葬儀にはたくさんの人が訪れた。
同級生だけでなく、後輩も、そして他校の人や知らない大学生たちも来ていた。
生前の先輩は付き合いが広く人気者だったから、それは当然のように思えた。
葬儀には必ずしも先輩と親しくなかった隠キャも付き合いで来ており、隠キャ同士こっそりと
「イケメン終了ww」
など不謹慎なことを囁き合っていた。
それを見かけた先輩信者の女子たちに、隠キャたちは鬼の形相で詰め寄られていた。
葬儀が終わり、ハンカチと涙と咽び声が満ちる中、お塩の入った小さな袋を帰りにもらった。
おそらく、忌み事なので清めの意味で渡されたのだろう。
帰り道、あの眩しい笑顔の先輩はもう見れないんだな、という悲しみが瞬間的にふと襲いかかっては、じんわり涙が出てきた。
生前の先輩があまりにキラキラしていたため、葬儀が終わった今でさえ全て夢のようにも思える。
現実のような夢のような、不思議な感覚だった。
自宅に着いた私は玄関前で、葬儀の際に渡された塩のことを思い出した。
ポケットに手を入れ塩の入った袋に指先が触れたその時、
「これを使ったら、先輩と本当に会えなくなってしまうんじゃないか」
と思った。
先輩が祓われてしまうような気がした。
塩をふることで、先輩との縁がこの世から完全に断ち切られるような気がした。
私は、塩をふらずに玄関のドアを開け、帰宅した。
その夜、何かが頭を触る感触に目を覚ました。
薄暗がりの中で目を凝らすと、先輩がベッドの上に腰掛けて、ニコニコしながら私の頭を撫でていた。
先輩はこんなふうに、ごく自然に後輩の頭を撫でる行為をやってのける人だった。
嫌悪感なくこういう行為が出来るような、女の子の扱いに長けた人だった。
いくらイケメンでも、髪など体に触られるとキモイと感じる女の子は多いし、それが普通だ。
だが先輩は女の子にそれを許可されるどころか、むしろ歓迎されるようなキャラクターだった。
私の頭を撫でる先輩は笑顔だが、急いで走ってやってきたかのように息を荒げていた。
「先輩、苦しいんですか? 体、痛いんですか?」
恐怖や不思議はなく、私は極めて平凡にそう訊いた。
先輩はニコニコしながら、
「全然! オレほぼ即死だったから! まぁやりたいことはまだあったけど、楽しいうちに死んだからコレもアリかなって思ってるし」
とあっけらかんと答えた。
私たちが葬儀で流した涙は何だったのかというところだが、本人がそう思っているのならば悔いのない人生だったのだろう。
「苦しくないなら、良かったです」
私がそう言うと先輩は、
「ありがと! 人生これから、楽しく生きろよ!」
と言って立ち上がり、駆け足で去って行った。
幽霊に今後の人生を励まされるなんて中々ない体験だと思うが、明るくあっけらかんとしていた先輩が最後のお別れに言いそうな言葉だと思った。
翌朝学校へ行くと、女子生徒たちの間で先輩の話がもちきりだった。
葬儀の翌日だからではない。
先輩が昨夜、お別れを言いにきたというのだ。
だがみんなの話によると先輩がお別れにやって来た女子はランダムで、さほど親しくもない女子のところに訪れたり、懇意にしていた女子のもとへ訪れていなかったりした。
どうやら私と同じように、塩をふらなかった女子が一定多数いたらしい。
先輩は彼女らの家を一晩の間で急ぎ回っていたのだろう。
それで昨夜先輩は、息せききってやってきたように荒い息をし現れ、帰りも駆け足で去っていったのだろう。
人気者は死んでも忙しかったというわけだ。
先輩がお別れにやって来たと証言する生徒が軒並み女子だったのを聞きながら、女好きは死んでも治らないんだな、と思いつつ、窓に光る眩しい空を見上げた。
第二話『溜めこむ』
知り合いに、いわゆる心霊体質な奴がいる。
奴によると、
「心当たりがないのに急に体調悪くなったりすると大抵『ソレ』なんだ」
らしい。
そんな時、奴には奴なりの打開策があるそうだ。
お祓いとかお守りか? と聞くと、奴はニヤリとして得意げに答えた。
「あのな、ネットで怖い話や怪談をこれでもかと読みまくるんだよ。よく言うだろ、霊ってのは怪談してると集まってくるって。それでよりたくさん霊が寄ってくるんだ」
ただでさえ霊に魅入られて体調不良の時にそんな事をしたら尚更良くないんじゃないかと返すと、奴はここからが肝と言わんばかりに答えた。
「有名なホラー映画でさ、バケモンにはバケモンをぶつけるんだって台詞あるだろ。あれだよ。あえて色々おびき寄せることで、霊同士を競わせるわけ。寄ってきた霊の中に俺に憑いてる霊より強いやつがいたら、そいつが俺に憑いてる霊をやっつけてくれるってこと」
それはいいとして、勝った霊は更に強力な悪霊ということなのではないのか。
そいつに魅入られて、余計酷い目に遭うんじゃないのか? 俺の疑問に奴は首を振り、ケラケラ笑った。
「それがなぁ、寄ってきた悪霊も、他の悪霊に勝てばそれで満たされるらしくって。達成感みたいなもんを得ちゃうのかね。満足して俺からは離れていくよ」
そんなことを言っていた奴だが、今原因不明の体調不良で長らく寝込んでいる。
かれこれ一月ほど経つのではないだろうか。
電話口で奴は、
「今回のは相当強い霊っぽいから、こっちももっと更に強い霊を呼び寄せないとな」
と気丈を装って述べていたが、その声に生気が全く感じられなかった。
例によって奴は、憑いている霊を追い払うために更なる強い霊を自らの元へ呼び寄せようとしているようだ。
ベッドの中にタブレットを持ち込み、ホラー好きの間でもガチでやばいと言われている話を読み漁り、それらの関連動画を観まくっているらしい。
奴の中に今いるモノは。
それはこれまで以上に強い悪霊なのか。
それとも今までの……。