だめだ、親、死んでほしい 死んでさえ、この傷は癒えない
なんか悲しい気持ちになる
たぶんだけど、理解に苦しむ、見苦しいことをしてる人って、見てるこっち以上に本人が苦しいんじゃないかな。のたうち回ってるようなもんなんじゃないかなって思う。見てるこっちも何だか傷つくんだけど、やってる本人はもうズタボロなんじゃないかな。そう思うと少し許せる。
純粋に、私のためだけにやってくれたことってあるのかな?いつも自分が優れていると周りに誇示するためにやっていた気がする。それが真の目的で、私にもやってあげるのはおまけというか、体裁というか、手段だった気がしてならない。
自分で自分のことが分からない人が、誰かが自分に似てるのかなんて、どうか分かるはずがない
努力は最小限に評価され、苦痛は最小限に見積もられる。成功は「私のおかげ」「俺の子」だから