やさしくたしかな証
Instagramをはじめとして“映え(バエ)”に重きが置かれる昨今でなくても、飲食店限定ビールGARGERYの専用オリジナルグラス「リュトン」については、その個性的でドラマティックなデザインから、質問をいただくことが多く、ご想像の通り、グラスを欲しい買いたい、という問い合わせが尽きない。その度、丁重にお断りすることが自分たちの仕事の一部にもなっている。飲食店だけで出逢えるビールであり、そのために存在するグラスであることが、GARGERYの最も大切なコンセプトだからだ。
「物を所有する」ことより、その背景にある「素敵なことに想いを致す」ことを楽しんでいただきたいと思っている。
単独では立てることのできない角杯型のグラス。それを受け止める台座。それら両方がガラス製。GARGERYオリジナルの専用グラス「リュトン」。
お店でしか飲めないビールを、お店でしか出逢えない個性豊かなグラスで飲む、非日常の素敵な時間を楽しんでもらい、ブランドを覚えていただく。そう考えて開発したグラスだ。
事業計画を立てていた頃、新しいビールブランドを成功させるためには、誰もが一度見たら忘れられないような個性的なオリジナルグラスが欲しいと考えていたものの、いざ実際にこのデザイン案が出てきた時、こんな形のグラスに、飲食店でビールを提供する容器として実用性があるのか?そもそも作れるのか?ガラス同士でぶつかって割れるのではないか?お客様がグラスを穴に入れそこねてビールをこぼしてしまうのではないか?という不安と疑問が、当然、立ちはだかった。
そんな不安は全くの杞憂に終わり、物づくりとビジネス面におけるいくつかのハードルを越え、多くの飲食店でこのリュトンを使ってGARGERYを提供していただいているわけだが、これを実現できたのは、「人の手は、人が考える以上に“優しくて確か”だった」ということだと思っている。
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このリュトンが形を為し、GARGERYとして提供されるまでを追ってみたいと思う。
どろどろに融けたガラスの塊が、繊細なガラス職人の感覚を頼りに、目指すグラスの形に変わっていく。
手づくりで精度の高い形を目指すから、途中で振り出しに戻るガラスもある。
そして、リュトンを受け止める台座。
四角い金型の中に流し込むガラスの量は職人の感覚が頼り。ここぞというところで融けたガラスをハサミで切る。この時のガラスの量の誤差が台座の穴の深さの誤差になる。ガラスの量が多すぎると穴が浅くなり、ガラスの量が少なすぎると穴が深くなる。許容できる誤差はわずか数ミリ(ml)だ。
そして、手づくりのグラスと手づくりの台座それぞれが目指す精度になっていて、組み合わさった時に飲食店の現場での使用に堪えるレベルになっているか検査をする。
グラスがぐらつき過ぎたり、穴がきつ過ぎないか、見極める。ここでもまた、いくつものリュトンや台座が陽の目をみることなく、ガラス原料に逆戻りすることになる。
こうして厳しい関門を通り抜けたリュトンと台座が、GARGERYを取扱いの飲食店の手に渡ることになるのだ。
飲食店でリュトンを扱う手。
一般的なグラスのような脚がなく、円錐形をしたリュトンは、注ぐ時も気をつかわなければいけないが、それ以上に洗う時に神経を使う。引っかかりがないので、気を抜くと、つるりと手から滑り抜けてしまう。繊細な薄いガラスを、 “持つ”というよりも、優しく“抱く”感覚というのが良いだろう。
丁寧に洗い、丁寧にビールを注ぎ、丁寧にお客様の前に運ぶ。
リュトンに注がれて初めて完成したGARGERYを飲む〝手〟がある。
台座からゆっくりリュトンを取り上げて、口元に運ぶ。
ひとくち飲んだ後は、多少酔っていても、静かに、丁寧に、台座の穴にリュトンを収める。
2002年からGARGERYと共に歩む中で、この穴にリュトンを収め損ねて、ビールをこぼしたり、グラスを割ったりしたという話を聞くことはほとんどない。想像するよりも、ずっと稀な事故だ。
創る、作る、確かめる、運ぶ、洗う、注ぐ、飲む…。
デザイナーの手により描き出され、ガラス職人の手によって作られ、お店の人の手によってビールが注がれGARGERYとして完成。そして飲み手が手にとる。
数々の〝手〟が、GARGERYを存在させている。それらの〝手〟は、思っている以上に、ずっと、優しく、確かなのだ。
そんなことを、何度も再認識させられた。
やさしくて、たしか。
手だけでなく、心もそうありたいものだ。