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敗戦でも変わらなかった日本がついに変わる
「日本は第二次世界大戦の前と後で、大きく異なる国になった」
こう感じている人は多いのではないでしょうか?
アメリカに一時占領され体制が変わったためそういった印象を持つ人は多いですが、実際は明治政府が掲げた「富国強兵」「殖産興業」は戦後も国民に支持され続けました。
そこから私は、実は明治維新は1980年代まで形を変えつつ続いていて、1990年代からようやくその次の時代に移ったと考えたほうが自然だと考えます。
つまり明治維新からの120年間が終わり現代の新しい日本になってから、実はまだ30年ほどしか経っていないということになります。
明治維新は1980年代まで続いていた説
日本が江戸から明治に変わる際、幕府から政府へ権力が移り、江戸時代の鎖国を改め開国し、明治政府は富国強兵と殖産興業をスローガンにヨーロッパの大国に追いつく目標を立てました。
そしてその目標は、明治維新から第二次世界大戦までの約70年間でかなりの成果を上げ、お侍さんが国を動かしていた江戸から、憲法を持つ近代国家として世界で有数の軍隊と産業を保持できるようになりました。
その目標実現は1945年にアメリカに負けたことで一時ストップしましたが、殖産興業は形を変えて戦後の高度経済成長の実現につながり、1980年代に一瞬ですがついに世界第1位の経済大国となることができました。
富国強兵という目標は、第二次世界大戦敗戦後に軍隊を禁止されたため実現できていませんが、現在自衛隊は実質的に世界第7位の軍隊とみなされていて、目標をある程度は達成できたと言えます。
(戦争や紛争中でない国の中では英国に続き2位)
新しい時代の目標
では1990年代から始まった新しい時代を何と呼ぶか?
私は「平等な個人の時代」だと思います。
かつての日本は家庭、学校、企業などで封建的な上下関係が当然と見なされ、年長者や指導者は目下の人間を従わせるのが当然でした。
お国のためなら、お上のためなら自分を犠牲にするべきであり、それに逆らってはいけないという時代です。
そして本来なら敗戦後の新憲法で個人の平等が実現されるはずでしたが、戦後の復興を目指した戦争経験世代とその子である団塊世代が封建的な社会制度を残したため、1980年代までそれができませんでした。
そしてその状況は、団塊より上の世代の大失敗であるバブル経済の崩壊とともにぐらつき始めました。
・ブラック企業への非難
・学歴偏重や詰め込み教育の否定
・終身雇用から転職が普通に
・結婚や子作りをマストと考える親世代を否定
・マスコミへの疑問とテレビ離れ
団塊ジュニア=氷河期以降の世代は生まれつき個人主義で育ち封建的な世界を知らないため、彼らが社会で活躍しだす1990年代以降になってようやく、未だに個人の平等が達成されていない社会に対して非難の声が上がりはじめました。
何が変わるのか
私が思うに、「上の人が上だから偉い」というロジックが一切通じない世の中になる、というのが一番わかりやすいと思います。
そしてそれはたぶんこのような形として現れます。
・上下関係の変化
上位者・企業等からのハラスメントが逐一炎上するため、誰も行えなくなる
フワちゃんの死ねハラスメントをもう誰も許さない状況になりました。
それに気づかない彼女や同じ気質の芸能人が異議を申し立てていますが、時代錯誤も甚だしく、もはや消えるしかないでしょう。
・教育の変化
年長者が生徒を罰する伝統的な指導が否定され、生徒に説明して同意を得る形に変わる
ルールだからダメ、子供だから守れ、といった強引な指導をしたら、その場は良くても後で子供や関係者から報復されるので、面倒でも話し合って合意点を見つけるしかなくなります。
・老人尊重の見直し
老人なら誰でも手厚く保護されるべきという考えがなくなり、生き残り競争にさらされるようになる
周囲に甘えて無駄遣いする老人は余裕のない子世代から見捨てられます。
近いうちに「いい加減もう傍若無人な老人は叩いてもいいよね」という空気に変わると思います。
良いか悪いかはともかく確実にこうなりつつあります。
上の立場でわがままばかり言ってきた人々は相応の報いを受けるはずです。
すでに上の立場にいる人やこれから老人になるという人は、十分気をつけたほうがいいでしょうね。