六章 明智光秀のありふれた日常 完結
「もうあとは美濃の稲葉に奇襲をかけるしか手が残ってないと思ってな。安土城に詰めてる兵の一部を使うつもりで安土城に入ったんだが、出兵の準備をしてる時に秀吉が早くも軍勢を返して山崎で戦になったと連絡を受けたんだ。しかも戦は半日で終わって光秀様はすでに死んだと。まさかそんなに早く兵を返してくるとは光秀様も想定してなかったのだろう。光秀様が死んでしまっては美濃に攻め込んでも意味がない。ワタシは明智光忠が守っていた坂本城に向かったんだ。坂本城には光秀様の息子たちもいたから、一人か二人かでも逃がしてやれるかと思ってな。しかしワタシが坂本城に戻った時には光忠も光秀様の息子たちもみなすでに切腹して果ててしまっていた。ちょうど攻め寄せてきた秀吉方の軍勢が親しくしていた堀直政の軍勢だったものだから、光秀様が収集した茶器や刀剣なんかを差し出すかわりに雑兵の首にワタシの兜をかぶせて秀満の首だってことにしてもらったんだ。で、僧衣をまとって旅に出た。ワタシは子供の頃、坊主に拾われて一年ほど寺にいたことがあるから、坊主のマネをするのは得意でな。ま、今も坊主のマネごとをしているのだが。で、どこで誰に匿ってもらおうかと考えて、そこで初めて光秀様が家康に伊賀を抜けて逃げろとワタシから伝えさせたのはこのための布石でもあったと気づいたんだ。光秀様が謀反の前に数日考えこんでいた中にはワタシをどうやって逃がすかという思案も含まれていたんだなと。ワタシが生きたがると、光秀様には最初から分かっていたのだろうな。おまえは美しく死ぬのが英雄だと信じていたいのだろうが、そんな美意識なんてワタシに言わせればある種の逃避でしかない。美しく死ぬよりどんなブザマでも生き続けようとする方がツラいし苦しいのだから、ブザマに生きる者の方が偉いに決まってる。だからといって、まさか百八歳まで生きるとは思ってなかったが」
「つまりあなた様のご正体は明智光秀様ではなく明智秀満様だってぇことですね」
若者はワタシの話が終わるのを待ち構えていたかのように質問を投げつけてきた。
「それは序盤で理解してもらえていると思っていたが」
「いや、そうなんですが、いちおう確認させていただきやした」
「光秀様はワタシより八つも年上だというのに、分からんもんかな」
と言ってみる。
百八歳と百十六歳の見分けなどつくわけがないでしょうと返してくれるのを待つが何も言ってくれない。
年をとると冗談を冗談と受け止めてもらえなくなるのが悲しい。
若者は落ち着かない様子で言いにくそうに尋ねた。
「それよりなぜ、あっしなんかにこんなに詳しくお話をきかせてくださったんですかね?」
「そりゃおまえがワタシのところに忍びこんでまで話をきこうとしたからだ。権力者というのは孤独なものなのだろうが陰の権力者ってのはもっと孤独でな。みんな勝手にワタシを怖れて避けるのだ。特に歳を取った陰の権力者なんてのはとびきり不気味なんだろうな。腐乱死体を避けるみたいに、みながワタシをよけて通る。もう何十年もだ。だから忍びこんでまでワタシと話をしたいなんて言ってもらえるのが嬉しいのだよ」
若者はクスリとも笑わない。
ワタシが若い頃は道端によく腐乱死体が転がっていたものだが、今の若い人にはピンとこないたとえだっただろうか。
いかんともしがたいジェネレーションギャップに打ちひしがれていると、若者がおずおずと口を開く。
「あっしには偉いかたの持って回った言い方がよく理解できねぇんですがね、今おっしゃった『嬉しい』というのはやっぱりある種の皮肉なんでしょうね」
「ワタシはそんな分かりにくい皮肉とか言いたがるタイプの年寄りではないつもりだが。そうきこえたか」
歳を取ったり地位を得たりすると普通に話しているつもりでも相手に圧を感じさせることが少なくない。
しかしまったくそんなつもりがないのにそう怖れられるとやはり悲しい。
ワタシが悲しがっているのを感じ取ったのか若者が申し訳なさそうにいった。
「違うんでさぁ。お話をきいている途中から、あんまり赤裸々に語ってくださるものだから空おそろしくなってきちまって。あっしの想像では天海僧正の周りには護衛の兵士が山ほどいて、忍びこむのに失敗したら捕まって拷問されるんじゃねぇかと。誰の指図で忍びこんだか吐くまで拷問されたとして、本当に誰の指図でもねぇんですって言っても信じてもらえないだろうから死ぬまで拷問されるんじゃねぇかって。そんなリスクを冒して忍びこんでなんとか天海僧正の元までたどり着いて『あなたは明智光秀様なのですか?』ってきいても鼻で笑うだけでこたえてはもらえないんじゃねぇかと。で、手をパンパンと鳴らすと護衛の兵士が駆けつけて、やっぱり責め殺されるに違いねぇと。そういう危険を思えば忍びこむなんてのは間違いだなとは分かっていても、どうしても好奇心がおさえきれなくなっちまって。だって戦国時代の英雄と直に接した人に話をきけるかもしれねぇんですから。徳川将軍も三代目の世で、そんな人はもう何人も生き残ってねぇと思うと、どうにも我慢できなくなっちまって。早く行かなきゃ……早く行かなきゃあれだって」
「遠慮するな。いつ死ぬか分からんから死ぬ前に話をきかなくちゃって思ったんだな」
ワタシが笑ってみせても、若者は安心したそぶりをみせない。
いくらなんでも様子がおかしい。
「そっちから忍びこんできたうえにこれだけ話をして、なぜ今さらそんなに怖がる?」
「お話をきいてる途中で気づいたんでさ。あっしだってバカじゃありません。天海僧正の正体なんて噂であって本当のところは誰も知らねぇ。そんな重大な秘密をあっしなんかに軽々しく明かすわけがねぇ。しかも話の内容は細かくって、とても作り話とは思えねぇ。作り話であっしをからかっているわけでもなさそうだし、話は世間の噂通りかそれ以上に秘密にしておいた方がいいようなことばっかりで。それでピンときたんでさ。つまりあっしはここに忍びこんだ時点で生きて帰ることはできねぇと決まっているのでしょう? だからこうもあけっぴろげに何でも話してくれるんだ」
ワタシは思わず声をあげて笑ってしまう。
きっと悪者が最後に高笑いする姿に見えたのだろう、若者はさらに身を固くしておびえた目でこっちをみている。
「いや、すまん。これはワタシの配慮が足りなかったようだ。まさかそこまで怖れられているとは思ってなかった。大丈夫だ。おまえは生きて帰れる。殺さないし捕まえない。拷問もしない」
「しかしあっしを生きて帰したら、今きいた話をあちこちで言いふらすかもしれませんぜ」
「かまわんよ。おまえは護衛の武士ではないし幕府の御用商人でもなければ僧侶でもない。つまりワタシとおまえの間には何の接点もない。ということはだ、おまえが『天海僧正から直接に話をきいた』とふれてまわったとしても、誰もおまえの話など信じはしないだろう。ワタシの話がすべて漏れたとしても、今までよりちょっと噂話のクオリティーが上がるくらいで大した変化は起こらない。だからおまえを生かして帰して問題ないんだ」
「なるほど、そういうことでしたか。あっしがしがない魚売りだから生きて帰れるってことですね」
「まぁそんなとこだ」
ワタシが最近になっていよいよ死を近くに感じていて、今まで誰にも話さなかったことをとにかく誰かに話したかったんだ、とは言わずにおく。
そんなこと言われてもどう返していいか分からないだろう。
権力者は相手が反応に困ることなど言わないように気をつけねばならないのだ。
「結局のところ、明智光秀様が本能寺の変を起こした動機は何だったんですかね?」
安心したのか、若者が急に話を戻した。
「ワタシも何度も考えたがな。やはりはっきりとした動機というのはないんだと思う。『実は光秀様は不治の病で余命いくばくもなかったからなのだ』とでも言えばおまえは納得するのかもしれんが、そういう誰もがスッキリ納得するような説明というのはたいてい誰かが後からつけ加えた作り話なんだ。実際のところ、人間というのはそういうものじゃない。誰だって自分では一つひとつの行動にいちいち動機を持っているつもりで生きてるのかもしれんが、よく考えてみるとそうでもないだろ。たしかに人は、日常の生活の中で小さな選択を論理的に考えることならできる。どの選択肢を選ぶのが効率的により多くの利益を得られるのかって程度のことなら論理的に考えられる人がたくさんいる。しかし人生の重大な選択を論理的に考えうる人はまずいない。論理的思考で生きているつもりの人ならたくさんいるが、そういう人の思考も初めの前提部分に非論理的なものが必ずある。そもそも人が何に憧れどんな願望を持つかという部分に論理的思考が介入する隙なんてないんだから。誰の人生の根っこにも他人に説明しうる明確な動機などないんだ。自分では辻褄があっているつもりでいるが自分以外の誰から見てもまるっきり辻褄があっていない。人生とはそういうものだ、光秀様の人生にかぎらず誰の人生も。つまるところ本能寺の変に謎など存在しない。辻褄があわないから謎だと言うならあらゆる人の日常が謎だということになる。人というのは矛盾に満ちたもので、我々には誰の心も理解できないし自分の心さえ誰も理解していない。なぜ明智光秀の心を理解できないことだけを謎だと思うのか」
若者は露骨に不満足そうな顔をしている。
やはり分かりやすいこたえを求めているのだろう。
しかたがないからつけ加えてやる。
「ではその光秀様自身も気づいていなかった動機とは何なのかと推測するとだ、光秀様は悪口とのつきあい方がうまくなかったというのがひとつあったのかもしれない」
若者が小首をかしげてみせた。
長い話に途中からあいづちをうつのが面倒になったのか、小さな動作で代用することを覚えたらしい。
「人間の社会は悪口なしではまわらないものなんだ。よく『私は悪口は言わない』なんていうやつがいるけどな、それはただ悪口言ってるって自覚がないだけで言われた側からすりゃめちゃくちゃ悪口言ってるんだよ。悪口は嫌いだなんて言って現実から逃げてるやつは、ただ自分が善人だと信じていたいだけで、そのせいで悪口の技術をあんまり身に着けてないってだけなんだ。悪口から逃げようとしても、ただ技術が身に着かないだけで無自覚に悪口は言ってるもんだし、悪口の輪から逃れられるわけじゃない。悪口は本来、言う側にも言われる側にも技術が要求される。悪口ってのは言う側の姿が醜くみえるものだから、自分の評価を下げないようにうまい悪口をいうにはそれなりに技術やセンスを磨かなきゃいかんのだ。悪口を言う時には場を和ませるための悪口と誰かの評判を下げるための悪口をちゃんと使い分けなくちゃいかんし、誰かの評価を下げるための悪口を自分以外の誰かに言わせるのも技術のうちだし、誰かひとりと面と向かって悪口言い合える関係を築いてみせたら他のやつへの悪口も言いやすくなるし、悪口を笑いのオブラートに包んだら笑ったやつらもその時点で共犯者みたいなもんだしな。言われる側としても、自分の評判を下げられすぎないためにはそれなりにアンテナ張ってこまめに対処しなくちゃならん。あんまりひどい悪口は訂正して回ったり悪口言った側の信用に疑問を呈してみたり、マジの悪口を冗談だったみたいに後からみんなの記憶を塗り替えていく努力もしなくちゃいかんし、時にはダメージ受けてる様子を見せて悪口言ってる側の気が済むようにしてやるのも技術のうちだしな」
若者は考えこむような顔で黙っているから話を続ける。
「組織とか社会とかは悪口なしには成り立たないものなんだ。その場にいない誰かの悪口を言って、別の時にまたその場にいない別の誰かの悪口を言って、それが一周してみんながどこかで悪口を言われて、さらに何周も互いに悪口を言ったり言われたりするうちにそれぞれのポジションとかキャラクターとかが決まっていく。そうやっていつのまにか互いの立ち位置みたいなものがしかるべきところに落ち着くんだよ」
「たしかに『あいつここでは人気者だけどあそこではおとなしかったらしいよ』なんて話にはあっしも心あたりがありますから。そこでの評価とか立ち位置とかってのがちょっとした陰口の加減で大きく変わってくるってのは腑に落ちるところがありますがね。でもそれと本能寺の変の原因に関係がありますか?」
この若者はバカみたいなこともいうが話を理解する力は低くないらしい。
生活の糧を自らの才覚で稼いでいる者にはやはり柔軟な思考力がある。
前任者から引き継いだ通りの仕事しかしない小役人よりよっぽど話が通じる。
「悪口ってものには様々な役割や効用がある。で、役割のひとつとして、悪口とか陰口ってのはある種の安全装置でもあるんだ。みんなで集まって誰かへの妬みとか嫉みとかを正義だってことにして非難していれば、ある程度は気が済むだろ。面と向かって本当のことをいうとケンカになるから言わないで、その場にいない誰かの本当のことをみんなで言い合って。そりゃバカにされるに足るだけの本当のことくらい誰にだってあるからな。お互いにその場にいない誰かの言われたくない本当の話を言ったり言われたりして、社会ってのはそうやってガス抜きするからなんとか無難にまわっていくものなのだろう。でも光秀様を含めて織田家の家臣は誰も信長の悪口を言わなかった。下手なこと言って誰かに告げ口されたら殺されるに違いないって恐怖心があったから。みんな人前では『信長様に忠義を尽くすのが何よりの喜びだ』ってキレイごとしか口に出せなくて。そうやって不満とか怒りとかを内に鬱積させていくと、最後には死ぬか殺すか殺して死ぬかみたいな生き死にの話になってしまうんだよ。誰も本当のことを言わないキレイごとしか言えない社会ってのはそれだけの危険を孕んでるんだ。つまり配下を恐怖で縛るっていうやりかた自体が裏切りとか暗殺とかのリスクを高めるわけで、そういうやり方しかできなかった信長の器量の限界がああいう事態を招いたということなのかもしれんな」
若者は小さくうなずきつつ真剣な表情できいている。
「柴田勝家とか丹羽長秀とかは、みなの前では信長の悪口は言わなかったが信頼できる身内だけの時にはめちゃくちゃ悪口言ってたんだと思うんだ。その点、光秀様はワタシたちの前でも誰の前でも信長の悪口をいわなかった。光秀様はギリギリ明智家の血を引いてるくらいの、分家の分家のまた分家の貧しい家に育ったんだろうな。そういう、か細い根拠だけを頼りに武士としての誇りを保とうとする家ほど気位だけはバカみたいに高くなっちゃうものだから。きっと光秀様は『もののふたるもの陰口など言ってはならん』と教えられて育ったのだろう。まともな武家に育った者よりそういうヨレヨレにしなびた武家で育った者の方がストイックというか、ただの努力目標を義務みたいに受けとめちゃうんだろうな。しかし悪口は言っちゃいけないなんていって悪口のない温室で子供を育てると悪口への耐性が低くなるし、悪口にまつわる各種の技術も身に着かない。きっとそのへんが、光秀様がいろいろ追い詰められた原因なんだよ。ちゃんと光秀様も悪口を言ったり、自分への悪口に反論してまわったりしておけば、ああも不利な立場に立たされることはなかったんだ。まぁ細川藤孝にしろ稲葉一鉄にしろ自分が倫理的に正しい人間だって思いこんでて、倫理的に間違えたやつらを懲らしめてやるって一方的に正義を行使するタイプだったからな。相手にしたくない気持ちは分からんでもないが、光秀様は光秀様で悪口なんか言わない自分の方が倫理的に正しい人間なんだって信じこんでたんだろう。だから『私はあんなやつらを相手にするような人間ではない』って気持ちになってしまったんだろうな」
「たしかに話の通じねぇ独善的なやつというのはいますからねぇ、そういうやつを敵にまわすと知らないうちにあちこちで悪者扱いされてしまって。あっしにもそういう経験はありますし、なんだか光秀様の気持ちも分かるというかちょっと同情しますね」
「おまえ、ワタシの話をきいてなかったのか?」
「なにがです?」
「だから、『あっしは光秀様と同じ被害者の側です』って被害者ぶるんじゃないよ。むしろ被害者ぶってるろくでもないやつらの側に自分との共通点を見出して、少しは反省したらどうだ。『そう言われたらあっしも他人の評判下げて喜んでるというか、悪いのはむこうでこっちは被害者なんだからそれくらいやっていいんだって意識を持ってたかもしれませんね』って」
「手厳しいですねぇ。あっしら庶民にとって、お話とか物語とかってのは楽しむためにあるもので、反省するために話を聞かせてもらいたいわけじゃねぇんですがね」
「自分が庶民であることを言い訳にするんじゃない。そもそも庶民も将軍も関係ないんだ。みんなが『被害者意識ばっかり持ち過ぎないように気をつけなくちゃ』って思っておかねばならん」
若者はシュンとして黙った。
こうなるともう話をきいてくれないかもしれないと思いながら続ける。
「最近は武士道だなんだってキレイごとが流行って困る。戦国の世に英雄なんて一人もいなかったし、尊敬されるようなことをした覚えのあるやつすらいなかったはずだ。それなのに最近の風潮は、過去を美化して自分たちもその美しい世界に連なる素晴らしい人間だなんてうぬ惚れ始めている。そんな作りものの世界を現実だと思いこんでいたら、それこそキレイごとしか言えなくなってしまう。キレイごとしか言えない世の中ってのは危険なものだ。みんなが良いことしてるつもりで、気がついたらみんなで破滅に向かって突き進む。この世に正しい殺し合いなんてあるわけないのに。自分を倫理的に正しい人間だなんて思ってちゃいかんのだ。倫理感なんてものはほどほどにしておかないと。人間は自分が正義を執行してるって信じたらどんなひどいことだって平気でできちゃうものだからな。ワタシは若い頃に多くの罪を犯してきたから、間違えても自分を善人だなんて思わないが。そういう追い詰められた経験がない者は自分自身を善人だと思いがちだから、自分には正義を執行する資格があると思いこんでしまうんだ。みんなで一緒になって正義を執行するってのがどれほど危ういことか、善人のつもりで生きてる者には分かってないんだ」
若者が納得していない顔でワタシをみる。
どうやらまだ話をきいてくれているらしい。
「家康公は生い立ちにまつわる苦労を話したがる人だったが、あんなものはしょせん武家の苦労。ワタシに言わせれば恵まれた環境に育っているのさ。年を取って若い頃の苦労を話したがるってのは、大した苦労をしてない証拠でしかない。秀吉は老いても若い頃の話をしなかっただろう。社会の底辺で本当の苦労をしたものはそんなこと話さない。いや、話せないんだ。底辺に生きる者に誰も手を差し伸べてはくれない。それどころか弱みを見せたらどこまでもつけ入られる。そこでは手段を選ぶなんて贅沢は許されない。生き抜くために女を襲って金品を奪ったり、子供を攫って売り飛ばしたり。坊主に拾われてメシを食わせてもらうかわりに夜ごと体を舐めまわされたり。そんな話は自慢にも武勇伝にもならんだろ。そりゃ隠すさ。……ワタシは十一歳くらいの時に三歳の幼児を殺したんだ。そう、ワタシはこれを誰かに言いたかったのかもしれない。とにかくワタシは殺したんだ。ワタシはみなしごだったから自分が何歳だったのか正確には知らないが、たぶん十一歳くらいだったと思う。河原に住んで年上のごろつき達の使いっぱしりをして強盗やら窃盗やら誘拐やらの片棒を担いでたんだが、ワタシに与えられる取り分はわずかな食べ物だけでな。ある時ひとりで小さな子供を攫って売り飛ばそうとしたら、攫ったのが人さらいの親分の息子でな。バレたら殺されると思って怖くなって殺して川に捨てたんだ。そんなワタシが潔く自決しても美しく人生が完結するとは思えないだろ。だからワタシは罪を背負って生きてきたんだ。ワタシが必死に生きねば、生きられるだけ生きようとしなければ、あの日殺した幼児に申し訳が立たないような気がして。ワタシは常に自らの醜さとか身勝手さとか罪深さとかを感じながら誰よりも貪欲に生きてきたんだ。そして心のどこかで、自らの醜さとかズルさとかに気づかずに生きてる奴らを軽蔑していた。あの日、坂本城で自決した者たちを目のあたりにした時もそう、死にたい者は勝手に死ねばいいとしか思えなかった。だからワタシは生きたんだ。長く苦しい人生だった。長く生きれば生きるほど果てしなく苦しみが増える。それでも長く、もっと長くと、百年も生きた。だからやっと、もうすぐ終わるんだ。最近になってワタシはまた悪夢をよく見るようになってな。三歳の子を絞め殺す時の柔らかな首の感触は今も鮮明に覚えている。そのあと坊主を殺して戦場とかでもたくさん人を殺したが、いちばん鮮明に覚えているのはあの時の感触なんだ。でもな、夢に見るのはそこじゃない。殺した後、この死体を誰かに見られたら終わりだって恐怖がな。夜を待って川に捨てようと思ったんだが、それまでに人が訪ねてきたら終わりだって気持ちをな。夜中に死体を川まで運んでいる時にこの姿を誰かに見られたら終わりだって、あの時の焦りと恐怖がないまぜになったような気持ちが夢の中で再現されるんだ。三歳の子供を殺しておいて、まるで被害者みたいな気持ちで悪夢を見るなんて、人の心というのは何と醜いものなのか。誰の心もそうなのだ。醜い心の持ち主が善人ヅラして生きているなんてちゃんちゃらおかしい。人間は醜いし醜い人間が集まる社会もちゃんと醜い。子供たちには醜い社会をいかに生き抜くかを学ばせてやらねばならんのにキレイごとばかり教えてどうする。自分は善人で世間は正しく人間は美しいなんてウソで子供たちを包んでどうする。子供たちに薄っぺらいウソしか教えてやれないような、キレイごとしか言えない息苦しい社会にしてしまっては断じてならんのだ」
若者は、はっきり顔に出るくらいどう反応していいのか困っている。
せっかく話をきいてくれているのについ説教じみたことを言いたくなってしまうのは年寄りの良くないところだと気がついて、ワタシは話を終えた。
おわり
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