20枚シナリオ⑦ススキ 『真赭(まそほの薄)』(改稿版)

『真赭(まそほ)の薄』

  人物
松谷 潤也(8)  小学生
     (23) 大学院生
奥村 雄一(63) 美術館館長
島崎 まこと(27) 潤也の大学の先輩。学芸員。
岩村 紫水(49) 潤也の大叔母。日本画家。

○岩村家・外観
   晴れ渡った空の下、広大なススキたすき野を臨んで建つ平屋の日本家屋。
   ススキは高く伸び、長い穂が風に揺れている。白い穂が大部分を占める中、赤色の穂がそこかしこに見える。

〇同・台所
   流しの横にキッチンペーパーの箱と、重箱が置かれている。松谷潤也(8)が、つま先立ちしながら、蓋を開けると、中には握り拳大のおはぎが6個並んでいる。
潤也、舌なめずりし、そっとおはぎを取り出し、かじる。
紫水の声「こらっ!」
   潤也、慌てて口の中におはぎを押し込む。アンコのついた手を後ろに隠しながら振り向くと、着物の袖を掛けにした岩村紫水(49)が腕組みをして立っている。
紫水「……つまみ食いとは良い度胸じゃないか、潤坊」
   潤也、口をもごもごと動かしながら首を大きく振る。口の右端と頬にアンコがついているのを見て、紫水、ふき出す。
紫水「ちょっと、アンタ……」
   紫水、苦笑いしながらキッチンペーパーに手を伸ばす。
   潤也、紫水の脇をすり抜けて、逃げる。

〇同・縁側
   縁側の10数メートル先からススキ野が始まっている。
   廊下を走ってきた潤也、靴下のまま地面に飛び下り、ススキ野の中へと駆け込んでいく。
   紫水、追いかけて来て、
紫水「まったく!」
   沓脱石の上のサンダルを履こうとすると、玄関のチャイムが鳴る。
紫水「……はいはい、今行きますよ」
   紫水、タスキを外しながら玄関へと小走りで向かう。

〇同・外観(夕)
   夕日がススキ野の上にオレンジ色の光をなげかけている。
   ススキをかき分け、折り取った白いススキを手にした潤也が飛び出してくる。靴下は土で汚れ小さな葉がついている。
   縁側に上がった潤也、正面の障子を開けようとするが、床についた泥を見て、
潤也「あ」
潤也、立ったまま靴下を脱ぎ始める。

〇同・画室
   障子に潤也の影が映っている。
   ススキを手に障子を開ける潤也。
   奥には、黒地に金色の薄を大きく描いた二曲一双の屏風が置かれ、左手には次の間に続く襖がある。
   床には割れた花瓶と、竜胆や萩の花、赤いススキが散乱している。
   部屋の中央には紫水が、奥に頭を向け、俯せに倒れている。後頭部周辺には血だまりができている。
   床に倒れている紫水を見て、
潤也「おばちゃん……、寝てるの?」
   首を傾げながら近づき、ススキの穂で紫水のうなじをそっとくすぐる。
   血だまりに触れた穂の先端が、赤くなる。
潤也「え?」
   襖の向うからガタン、と大きな物音。
   潤也の手から、ススキが落ちる。
   ゆっくりと足音が聞こえてくる。
   潤也、強張った顔であたりを見回し、屛風に目をとめる。
   × × ×
   襖が開き、スーツ姿の男が入ってくる。
   屏風の後ろに隠れている潤也。
   男、紫水の脇に屈み、血だまりの中からススキを拾い上げる。顔は逆光で黒くなっている。
   潤也、屏風の陰から男を見つめる。
   ススキを持つ男の左手の甲には、大きな火傷痕がある。
   男、首を傾げながら立ち上がる。
   潤也、口を両手で塞ぎ、縮こまる。
   男、障子を開けて、外を見る。
   右手首には銀色の腕時計がはめられ、夕日を反射して光っている。
   そっと屛風の陰から片目を覗かせる潤也。
   廊下を去っていく男の影が障子に映る。

〇高速道路(15年後・朝)
   T「15年後」
   空いている道路を車が走っていく。

〇走っている車・内(朝)
   運転席に潤也(23)、助手席に木崎まこと(27)、後部席に奥村雄二(63)が座っている。三人は薄手のコートを着ていて、奥村だけは両手に黒い皮手袋をしている。
   まこと、本を広げながら、
まこと「岩村紫水。古典文学に造詣が深く、和歌や俳句に着想を得た作品で名高い日本画家。また、俳人としても活動していて、特に晩年は、結社……」
奥村「『まそほ』、だよ、木崎君」
まこと「えっと、結社『真赭(まそほ)』の主宰をも務めた……かあ。で、 『まそほ』って何だっけ?」
潤也「……硫化水銀から作られた赤色系の顔料ですよ。ススキの中でも穂が 赤色のものは『真赭の薄』と呼ばれて、和歌や俳句にもよく出てきます」
まこと「へ?ススキって普通白じゃ」
奥村「種類にもよるけれど、穂が出たばかりのススキは赤色をしていて、穂が開くと白くなっていくんだ。今は時季を過ぎてしまったが、紫水の家でもよく見られたよ」
まこと「へえ……。でも、そんなすごい人が、強盗に殺されちゃうなんて。しかも、犯人まだ捕まってないんでしょう?
奥村「ああ……。しかし、松谷君だっけ?随分と文学に詳しいみたいだね」
まこと「でしょう?彼、理学部で、今でも大学院で実験三昧なのに、昔から文学部の私以上にそっちの知識量がすごくて……でもまあ、紫水先生の甥なら」
潤也「……叔母と言っても、あの人は、父方の祖父の異母妹で……。だから、生前はそんな親しくしていたわけでもなくて……。父が今あの家を管理しているのも、一番近い親族だから、というだけです」
奥村「そうなのかい?」
   潤也、ステアリングを握り、目を伏せる。

〇(回想)岩村家・縁側(15年前)
   潤也(8)と紫水(49)、並んで座っている。
   紫水、赤いススキを手に話し、潤也はおはぎを食べながら、目を輝かせて聞いている。

〇(元の)走行中の車内
   潤也、目を上げてバックミラーごしに奥村を見て、

潤也「……館長さんこそ。若い頃からずっと友人として叔母を応援し、支え続けてくれていたんでしょう?そして、今回は、没後15年を記念して、大きな展覧会まで企画してくださって」
   奥村、苦笑して、
奥村「まあ、私にできる、彼女への手向け、と言ったところかな?」
   
〇ススキ野
   一面金色に染まった野原を横目に見ながら、潤也、まこと、奥村が岩村家に向かって歩いている。

〇岩村家・玄関(外)
   引き戸のカギを開ける潤也。
潤也「どうぞ」
まこと「お邪魔します」
   まことと奥村、中に入っていく。
   潤也、目を伏せて、その場にしばし佇む。

〇同・居間
   畳の上に絨毯が敷かれ、テーブルとソファが置かれている。壁には額装された小さな絵が飾られている。
   脱いだコートを腕にかけたまことと奥村、絵を見ながら話している。
   部屋に入ってきた潤也、目を見開く。

〇(フラッシュ)同・画室(15年前・夕)
   屈んでススキを拾う男の左手の甲に、大きな火傷痕がある。

〇(元の)同・居間
   絵を指さす、奥村の左手の甲に、大きな火傷痕がある。
潤也「あの……」
   奥村とまこと、振り向く。
奥村「ああ、松谷さん、ちょうど良いところに」
   奥村が差し出す左手を凝視する潤也。

講評+コメント

・秋の風情が丁寧に描かれている
・8歳の潤也は紫水がかつて亡くなった現場にいて、そこに入ってきた男の姿を見ているわけだから、その事がトラウマになっているはず。その時の潤也の気持ちが23歳の潤也にどういう感情をもたらしたのかがもう少しわかりやすいと良かったと思う
・現場の様子から殺人事件として報じられたと思うので、未解決のままではないか?車の中でそのことが語られていない
太字台詞として追加
・タイトルは「赤いススキ」よりも、「真赭(まそほの薄)」の方が、キャッチ―で良いのでは?(「まそほ」って何?と。そして、顔料の名前なら、日本画家という仕事とも結びつけやすい)
・ト書きが丁寧。映像化したら綺麗そう!
・障子に影が映る描写が良い

ポイント


・回想シーンはなるべく使わない(なるべく時系列順に展開させる)
・殺人事件なら、誰かにそう言及させる

個人的なあとがき

・「真赭(まそほ)の薄」では何のことかわかりにくいかと思って、無難な「赤いススキ」にしたら、「赤い霊柩車」を思い出す、と不評(笑)
・実を言うと、「真赭(まそほ)の薄」、「赤色の薄」と言ってもイメージがわかず、グーグルでひたすら調べながら書いていた
・松谷潤也は、松本潤のイメージ。(目の大きい俳優さんなら、演技が映えるかな、と)
・潤也は理学部の院生の設定だが、実は最初に構想した時には、ルミノール反応を利用して、ススキの屏風に血で書き残されたダイイングメッセージを読み解く話だった。(理学部の学生ならこういうことには詳しいだろうし、使用する過酸化水素水も手に入れられると思った)
・まことは潤也の年上の恋人。初期の構想では、展覧会に出品される屛風を調べるため、花屋の配達のふりをした潤也をまことが手引きする予定だった。(展覧会に使うススキを届ける、という設定で)
で、いざ読み解こうとしたところで奥村に見つかる。
・「秋の風情を表現する」のが課題の要、と聞いていたので、秋らしいものをひたすら探しては詰め込んだ(おはぎ、竜胆、萩の花など)





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