徒然日記~ターニングポイント
昨日の夕方、転職エージェントと電話面談したのだが、その中で「ライター業」についてどうするか聞かれた。
「副業」を認めてくれる会社は増えているが、Wワークで疲弊して、どちらの仕事もできなくなる、という本末転倒の事態にならないか。
それが問題だと。
私にとって、ライターの仕事、実績は1から自分の手で積み上げたもの。
ワンコインライターに始まり、少しずつ自分の書ける範囲も増やしてきた。
最初はなじみ深い西洋美術がメインだったが、2年目の秋、運慶展について書いたのをきっかけに、日本美術、それも仏像というこれまで触れてこなかったジャンルに思い切って飛び込んだ。
この時、私は編集部に何回もメールを送った。
是非運慶をやらせて欲しい、と。
仏像は専門外だが、だからこそ、初心者としての目で見、平明にわかりやすく書く事ができる、と。
書かせてもらえるなら、編集部に行って土下座でも何でもするつもりだった。
このような気持が湧き出たのは、その時が初めてだった。
ライターとして上に行くには、自分の殻を破ることが必要だ、とたぶん本能的にわかっていたのだろう。そして、書店でたまたま運慶に関する本を見た時、その数年前、奈良の東大寺で見た仁王像の足を思い出した。
何と巨大で力強い足。筋肉の表現は、まさにイタリアのミケランジェロに匹敵する。が、時代から言えば、この仁王像の方が先だ。
そこまで考えた時、私の中に「書きたい」という思いが灯り、音を立てて燃え始めた。
どうしても運慶を書きたい。
だが、受け入れてもらえるか。西洋美術を専攻し、それについてばかり書いてきた私が。
迷いもあったが、結局、「書きたい」思いの方がはるかに勝った。
そして、出来上がった記事は、それなりに評判が良かった。
最初、「仏像なんてやるの?」と眉をひそめていた家族からは、「面白かった」と感想を貰えた。
編集者からも、「次もこんな感じで書いて欲しい」とメールでコメントをもらった。
あらまあ、と自分でも少なからず驚いた。
展覧会で一人の「初心者」として作品と向き合った、その「感動」のまま勢いで書いた部分もあったのに。いや、それ故か?
とにかく、今思い返しても、運慶の記事が、私にとって一つのターニングポイントになったのは確かだろう。他のWebサイトに営業をかける時にも、ポートフォリオとしてこの記事を入れたところ、うまく行った。
間違いなく、私の「代表作」と言って良い物だと思う。
色々な面で、「殻を破った」という意味でも。
その殻を破る時、ターニングポイントに今、私はさしかかっているのかもしれない。
ライターとしてどうありたいか。どうなりたいか。私にとって、ライティングとは何なのだろう、と。
それを「転職」活動を、そして原稿を書く事を通して考えさせられていることが多いように思う。
その答えは、少しずつ見え始めている。というか、私の中にはもう既にあるのかもしれない。
あとは、それと真っ向から向き合うこと。それを実現するため、堂々と「こうありたい」と言えるように、自分にできることを一つずつでもすること。
その「一つ」は、昨日スタートした。
形にできますように。