三題噺『ある白昼夢』~お題:「雪の朝」、「瞳」、「目をそらす」

雪の朝だった。
窓の縁には、雪がこびりつき、全体が白く曇っている。
昨日の天気予報である程度は覚悟していたが、まさかここまでとは。
寒いな、と口に出すと、全身に震えが走った。だが、いくら寒くても、会社には行かなくてはならない。とにかく布団から出なくては。とりあえず、眠気覚ましも兼ねて熱いシャワーでも浴びよう、と自分に言い聞かせて、スリッパを突っ掛けて廊下に出た。
しかし、洗面所の電気をつけた瞬間、思わず悲鳴を上げた。
「何これ… … 」
一体何の冗談だ、これは。
鏡に映っているのは、10代後半と見える少女の姿だった。大きな黒目がちの目には、2つ3つ星が瞬き、その縁にはびっしりと長い睫毛が植わっている。口は小さく、ほのかな桜色をしている。そして極めつけは髪だ。小さな顔を取り巻く髪は豊かに波打ちながら、肩にかかっている。癖毛なのか、それともパーマをかけた結果なのかは、定かではない。正直、これまであまりそういうことには興味がなかった。
が、思わず指差せば、相手も同じように指の先を向けてくるのを見れば、これは自分自身の姿で間違いないのだろう。
その指も細く華奢で、握りしめたらたやすく折れてしまいそうだ。手も、果たして箸をちゃんと持ち、扱うことができるのから心もとない。
「どうしよう… … 」
と漏らした声も、普段聞きなれたそれとは正反対の、そう、「小鳥のような」という陳腐な例えがそのまま当てはまりそうな代物だ。
頭が痛くなってきた。だが、目をそらしたところで変わるものは何もない。
部屋に戻ると、より大きな溜め息が出た。
レースのカーテン。優美な曲線的なフォルムの家具。天井からぶら下がった花を模した照明器具。
そして、と窓ガラスを拭いて、外を覗き込むと、見えるのはレンガ作りのどっしりとした建物が並ぶ通り。ガス灯まである。
ああ、やはり。これで腑に落ちた。
ここは、あれだ。子どもの頃に読んだ少女漫画の世界だ。よく姉の留守中に、本棚から引っ張り出しては、布団の中で隠れるようにして読んでいた。
日々の雑事に追われてすっかり忘れていた。が、当時も今も、あんなにも甘美で刺激に満ちた時間はないだろう。
しかし、わからないことがある。
なぜ、今なのか。
そして、このうだつの上がらない、頭の毛の薄さが気になりはじめている中年サラリーマンの精神を持つ美少女は、この世界でどのように振る舞えば良いのか。
問題は、次から次へと湧いてくる。

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