宮仕えはつらいよ~アルチンボルド
宮廷、といえば、華やかなイメージがあるだろう。
芸術家たちにとって「宮廷画家」という立場は、まさに名誉と富を約束してくれる憧れの椅子だったに違いない。
だが、一方で、こんな言葉もある。
「すまじきものは宮仕え」
人に仕える、ということは何かと苦労が多い。気を使ったり、しきたりに縛られたり…。
宮廷画家は、「絵が上手い」だけでは務まらない。
その仕事は、王家の人々の肖像画を描くことの他にも、祝祭の演出をはじめ、多岐に渡っている。
16世紀、寄せ絵で有名な画家アルチンボルドが仕えた神聖ローマ帝国、ハプスブルク家の宮廷も、そうだった。
アルチンボルド、<マクシミリアン2世とその家族>
彼が仕えた皇帝マクシミリアン2世は、高い教養の持ち主だった。
10か国語もの言葉を操っただけではない。自然科学にも強い関心を持っていた。
周囲の貴族たちも、そんな皇帝の嗜好に合わせ、教養の高い人が揃っていた。
そんな彼らの目を楽しませ、満足を引き出すには、ただ絵が上手いだけでは足りまい。絵のスキルはもちろん、皇帝や貴族たちと同等のレベルの自然科学の知識、そして、それを活用していく発想力と応用力。
アルチンボルドが、編み出したのが、彼の代名詞とも言うべき「寄せ絵」である。
アルチンボルド、<春>
離れて見れば人の顔。
そして、一歩近づけば、様々な種類の花や野菜、動物でできている。構成パーツの一つ一つは、葉の形や質感、花弁の重なり方など、細部まで緻密に描き分けられている。
「一体、絵全体で何種類が描き込まれているのか」
「描かれている植物のうち、何種類を見分けられるか」
そんなゲームも楽しめただろう。
アルチンボルド、<法律家>
この<法律家>は、同時代の宮廷人の一人、つまり実在の人物をモデルにしている。
そして、この絵を見た皇帝はじめ貴族たちは面白がり、大いに笑った、という証言も残っている。
新しい作品が出る度に、今回は誰がモデルなのか、どんな風に、何を使って描かれているか、ワクワクしただろう。
ルールや理想に則った、綺麗な物、美しい物は、彼らは見飽きていたに違いない。
変った物が欲しい。刺激が欲しい。そんなところだったろうか。
そんな彼らのために提供されたのが、ちょっとしたゲームも楽しめる、遊び心に満ちた「寄せ絵」だった。
アルチンボルドが描いたのは「寄せ絵」だけではない。
宮廷画家の職務の一つとして、王家の人々の「普通の」肖像画(上の<マクシミリアン2世の家族>など>も描いている。…が、インパクトあふれる「寄せ絵」に比べると、何となく面白くない。
行儀が良いだけ、とでも言うべきか。
やはり、「寄せ絵」の魅力の一つは、「遊び心」にある。
「遊び」の精神が入ってこそ、絵は活きるのかもしれない。
当代一級の教養人たちの、「遊び心」を心地よく刺激することに成功したアルチンボルドも、また彼らと同等の教養と「遊び」を解する心を持っていたのだろう。
そのおかげで、「遊び」は数百年後に生きている私たちも十二分に楽しませる威力を持っている。
彼の「寄せ絵」のように、時代背景などの知識が無くても、ただ前に立って見るだけで「面白い」「楽しい」と思える絵は、なかなかない。