
吉田博の絵が欲しい
「一枚欲しいなあ…」
美術館に行って、そんな思いに囚われる経験は、いつ以来だろうか。
綺麗だな、いいな、とは思っても、「欲しい」と思う、具体的に部屋に飾ったイメージまで思い描きたくなるまでに至るのは、あまりない気がする。
吉田博展で、私は何枚、傍に置いて「ずっと眺めていたい」絵を見つけただろう。
「傍に置きたい」候補の一枚目は、この<渓流>。
しぶきをあげて流れる川、渦巻く水の描写が印象的な一枚。
思わず、キンと冷たいであろう水の流れに手を浸してみたくなる。
もう一枚は、雲海を描いた絵。(下の作品は、今回は来ていなかったが)
雲の海の中、突き出た山が小さな島のよう。
そして、遠くの代々の交じった空の美しさ。
神々しいまでの眺めは、まさに実際に山を登り、頂上にたどりついた者のみが見る事のできる、「ご褒美」だ。
私自身が最後に、山登り、というか山歩きらしきものをしたのは…確か、数年前に熊野に行った時だろうか?
ちゃんとした「山登り」となれば、学校行事で高尾山に出かけた時が一番近いと思う。
2010年には、「山ガール」なる言葉も流行った。
その時は、横目で見ていたが、吉田博が山を主題に取り上げた数々の作品を見ると、少し興味がわいてきた。
コロナ禍の閉塞感から逃れたい、という思いもきっと関係しているだろう。
吉田博展で、特大版の<雲海>を見た時、心が軽くなるのを感じた。
日常の雑事―――普段の仕事や、これから記事を書かなくてはならない、ということ、そしてコロナのことすらも、この<雲海>の前では、小さいことだった。
「この絵の前にあと一時間たっていられるなら…」
私は何を差し出せるだろうか。