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短編小説読書メモ25本目~千早茜さん『西洋菓子店プティ・フール』から④

折り返し地点となる25本目は、千早茜さん『西洋菓子店プティ・フール』から『ロゼ』。
今回の主人公は、2話目の『ヴァニーユ』にも登場した澄孝の女友達のネイリスト・ミナ(美波)。

澄孝の視点から書かれていたミナは、軽薄で「かわいい」にこだわる今時の女の子、という印象で、この『ロゼ』の冒頭を読んでも、それは変わらずだった。
が、読み進めていくと、違う一面が見えてくる。ネイリストとしての仕事に真摯に向き合い、マニュアル通りに均質な仕事をこなすのではなく、目の前に座るお客様自身にとって本当に似合うネイルやケアをしたいと思っている。
また、接客業ということもあって、人を見る目は鍛えられている。
だから、スミ(澄孝)の気持ちが自分ではなく元先輩のパティシェール(亜樹)に向いていることも理解している。が、それでもスミが好き、という気持ちを真っ直ぐに持ち続ける。「かわいい」を、自分が好きなものを、そして自分の「好き」という思いを否定しない彼女は、純粋で強い。
そのように表面からはなかなか見えない彼女の魅力が『ヴァニーユ』でほとんど描かれなかったのは、スミがそもそも見ようともしていなかったからだろう。人は自分の見たいものしか見ない生き物だ、という言葉は的を得ている。
ここで印象的な登場をするのが、ミナに紅茶店のマスターが勧めるピュイ・ダムール(愛の泉)という菓子だ。
見た目は地味な茶色い菓子で、華やかに飾った菓子が好きなミナも、第一印象では落胆する。が、中には溢れだしそうで溢れないカスタードクリーム、さらにバラのジャムが入っており、その甘さを文を通して読者自身も味わう。
同時に、店にやってきた亜樹の婚約者の弁護士を見て、ミナは即座に二人の関係とスミもまた片思いをしていることを悟る。

前話の『カラメル』は、キリキリと自分を限界まで追い詰めていくようなサスペンスの味わいがあったし、他の2話も時折どきりとするような官能的な描写があったが、この『ロゼ』には、そのようなものは見られない。
綺麗なもの、柔らかくかわいいものを描いているようで、芯の通った強さをも感じさせる。
個人的な好みからいえば、この連作の中でも上位にくるかもしれない。

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