20枚シナリオ⑥時計 『赤と緑』

『赤と緑』

   人物
倉田 啓介(32) デザイナー
緑川 夕貴(26) 明音の親友
北村 明音(27) 倉田の恋人

○神社・石段下(夜)
   人気のない静かな場所。
   左足を引きずりながら、立ち去っていく男の足。
   アスファルトの地面の上に仰向けに倒れたワンピース姿の北村明音(27)が、街灯の光の中に照らし出されている。
   その目は大きく見開かれ、頭の下には血だまりができている。
   右手首には、時計盤の周囲にミルフィオリをあしらった赤いベルトの腕時計が巻かれ、10時を指している。

○倉田デザイン事務所(夜)
   明かりをつけないまま、奥に置かれたデスクの前に倉田啓介(32)が座り込み、右に置かれた本棚を暗い目で見ている。
   棚の2段目には、『2019年ベスト・デザイン賞』のトロフィーと賞状が置かれ、他の段には『レタリング』や『配色見本』などデザイン関係の本や雑誌が並ぶ。
背表紙が緑色の本には、小さな黄色い丸シール、赤色の本には小さな黒い丸シールが貼られている。
倉田「仕方なかったんだよ、なあ……そうだろ? 」
   外で雷の音。白い光が一瞬、室内を照らし出す。

○斎場・外観~周辺(数日後・朝)
   大通りに面して立つ3階建ての大きな建物。

○同・1階・ホール・内部(朝)
   30脚ほどのパイプ椅子が並んだ奥に、明音の遺影を飾った祭壇。前には白い棺が置かれている。

○大通り・斎場付近~斎場(朝)
青いレンズの眼鏡をかけた、黒いスーツとネクタイ姿の倉田が左足を若干引きずるようにしながら歩いている。
   倉田、遠くに見える斎場をしばし見つめた後、眼鏡を外し、胸ポケットにしまい、斎場に入っていく。

○同・ホール・入り口前(朝)
   入口横の壁にはめ込まれたスクリーンには、「北村家葬儀式場」と表示されている。
その前に設置された受付で、喪服姿の緑川夕貴(26)が、参列者の男女から香典を受け取っている。
夕貴「次の方」
   倉田、進み出てペンを取り、帳面に名前を書き始める。
   夕貴、その手元を見つめ、
夕貴「(小さく)くらた、けいすけ……」
   ペンを置き、ホールに入っていく倉田。その後ろ姿をじっと見つめ、
夕貴「倉田……」
   夕貴、右手で左手首を強く握る。

○同・ホール・内部
   座席は参列者で埋まっている。
   祭壇の前で、僧侶が読経している。
   遺影の前で焼香する倉田。手を合わせた後、顔を上げた時に明音の遺影が目に入る。
   冷や汗をかく倉田。ぎこちない動きで背を向け、席へと戻っていく。
   着席すると、後ろの列で夕貴が立ち上がる。
   倉田は俯いたまま、手の中の数珠を落ち着かなげにまさぐっている。数珠の玉が、汗に濡れて光っている。

○同・入り口前~廊下
   他の参列者と共にホールから出てくる倉田。
   廊下を歩いていると、
夕貴の声「倉田さん!」
   倉田が振り向くと、夕貴が息を切らしながら近づいてくる。
夕貴「倉田さん、ですよね!」
倉田「そうだけど、……君は?」
夕貴「あたし、緑川夕貴です。明音の友達の。けっこう前に、3人でお茶した事ありましたよね」
倉田「あ、ああ……そうだっけ?」
夕貴「あの時は本当にびっくりしました。4年前のアートフェアのポスター、カッコ良いって話したら、まさか明音の彼氏が作っていたなんて」
   倉田、笑う。
夕貴「あれで確か大きい賞取ったんですよね!しかも、その後には独立して自分のデザイン事務所立ち上げて……まさに一国一城の主!尊敬します」
倉田「そうかい?」
夕貴「でも、1年前の車の衝突事故の時は大変でしたよね。ひどい怪我をした上に、一緒に乗っていた弟さんが、亡くなったって」
   倉田、笑顔がひきつる。
   夕貴、はっとして、
夕貴「すみません……」
   倉田、苦笑して、
倉田「大丈夫。大丈夫だから」
   と、出口に向かって足を踏み出す。
夕貴「あの、……この後お時間大丈夫ですか?」
   足を止め、振り返る倉田。

○ファミリー・レストラン・外観
   駅の向かいに建つ中規模の店。

〇同・トイレ
   
   手洗い台の前で夕貴、手を念入りにタオルで拭いている。
   バッグを開けて、ミルフィオレを時計盤のまわりにあしらった、緑色のベルトの腕時計を取り出し、左手首に巻く。
   夕貴、ドアを薄く開いて外の様子を伺う。

○同・内部・テーブル席
青いレンズの眼鏡をかけた倉田、メモ帳にサインペンでサインを書いている。
テーブルには、アイスコーヒーの入ったグラスが2つ置かれている。

○同・トイレ
   夕貴、時計を見て、ゆっくりとドアを開けて外に出る。

〇同・テーブル席
   トイレから出てくる夕貴を遠目に見た倉田、急いで眼鏡をはずし、胸ポケットにしまう。
   夕貴が近づくと、メモ帳を差し出し、
倉田「これで良いかい?」
   頷いて受け取る夕貴。
   左手首の腕時計に気づき、目を見開く倉田。

○(フラッシュ)神社・階段下(数日前・夜)
   倒れている明音に、左足を引きずりながら近づく倉田。
   靴の爪先が血だまりを踏むが、気づかない。
   傍らに屈みこんで、恐る恐る手首を取るが、次の瞬間、短い悲鳴を上げて、後ずさる。
   明音の左手首に巻かれた腕時計のベルトは、倉田には、濃いグレーに見えている。

○(元の)ファミリー・レストラン・内部
   向かいの席に座った夕貴は、コーヒーを飲み始める。
倉田は夕貴の腕時計から目が離せない。彼の目には、ベルトの色は濃いグレーに見えている。
倉田「ねえ、その時計……」
夕貴「ああ、これですか?昔、大学の卒業旅行で、明音とイタリアに行った時に買ったんですよ、お揃いで。綺麗でしょう?」
   と、腕時計を外して、倉田に差し出す。
   倉田、ひきつった笑いを浮かべながら受け取る。
夕貴「本当は、お葬式にこんな真っ赤なのをつけて行くなんてダメなんですけどね」
倉田「そうだね」
   夕貴は微笑んで倉田を見つめるが、目は笑っていない。
   倉田、戸惑いながら、腕時計を夕貴に渡して、
倉田「……他に、持ってなかったのかい?」
夕貴「バッテリー切れちゃってて…… 仕方ないから、式の間だけはバッグの中に」
   倉田、苦笑する。
   × × ×
   グラスの中の氷が音を立てて傾く。
夕貴「……この時計、明音が選んでくれたんですよね」
倉田「そう、だったんだ」
夕貴「ええ。旅行中にちょうど誕生日が来て。で、水瓶座のラッキーカラーなら、これだって」
倉田「へえ、赤色が」
夕貴「……緑色です 」
倉田「え?」
   倉田、息を呑んで、夕貴の顔を見つめる。
 

評価コメント

・サスペンス・タッチで時計が上手く使われている
「サスペンス向き!どんどんこのジャンルで書くべし」
・倉田は恐らく色盲ではないかと思う。(正解)
そのことが仕事と自動車事故の要因になっているのではないかと想像した
・倉田が犯人かどうかわからないが、明音の死に何もふれていないので、たぶん事故死と言う事ではないかと思う。(……うーん)明音の死に不信感を持っている夕貴が倉田にしかけた最終頁、この続きが面白くなりそう
→明音の死が事故でないなら、誰かの台詞の中に盛り込むべし
(例)夕貴「明音が階段を踏み外すなんて信じられないんですけど、事故ってことになったんですよね」
・ト書きが丁寧に書かれている→聞いている方も想像しやすい
・「刑事ドラマ好き」が、場面転換からもわかる

ポイント


・サスペンスは「起」のシーンから始めて、謎を散りばめる!

個人的なあとがき
・最初はヒューマンドラマにしようかと思ったが、うまく書き進められず、悩みに悩んで、「色覚異常(色盲)」を軸にしたミステリー仕立てにしたら、意外とウケた
→というか、「刑事ドラマ好き」がバレて、ちょっと苦笑い
(『相棒』、『特捜9』、『科捜研の女』……中学時代は『はぐれ刑事純情派』を見ていた)
・倉田の設定は実のところ、「色覚異常」という点以外はかっちり作り込んでいるわけではない。
→事故が原因で、「色覚異常」になる話は、綾辻行人の館シリーズから拾ってきたネタ

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