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清水義範「国語入試問題必勝法」の感想~「パスティーシュ小説」を初体験!~
皆さんこんにちは、梓川 いずみです。
前回の自己紹介記事ですが、予想以上に反応をいただけて驚いています。皆さん、ありがとうございます!
せっかくたくさんいいねを貰ったので、張り切って更新していきたいところ……と思ったのですが、初めての書評記事、結構時間がかかってしまいました。
では、書評ブログとして、本を紹介していきましょう。
今回紹介する本は、清水義範先生の「国語入試問題必勝法」です。
……まるで参考書のようなタイトルですが、れっきとした小説です。私が本を買った時には帯がついていたのですが、「受験生は間違って買わないでください(筆者・笑)」と書いてありました。
それにしても個性的なタイトルですね。早速、内容についても紹介していきます。
1.どんな本なの?
この本について説明する前に、作者の清水義範先生について少し説明しましょう。
清水先生は、「パスティーシュ」と呼ばれる小説の名手と呼ばれる人です。この「パスティーシュ」というのは、「作風の模倣」を意味します。Wikipediaによると、
音楽・美術・文学などにおいて、先行する作品の要素を模倣したり、寄せ集め、混成すること。
とのこと。簡単に言ってしまうと、「パロディ」みたいなものです。
それで、この「国語入試問題必勝法」には、その「パスティーシュ」を含む短編小説7編が収録されています。
ちなみにこれ、結構古い本で、オリジナル版は1990年に刊行されています。今回私が読んだのは、2020年に刊行された新装版です。
さて、それぞれの小説についても、簡単に解説していきましょう。
➀猿蟹合戦とは何か
これは、故丸谷才一先生の書いた評論「忠臣蔵とは何か」を模倣した上で、昔話の「猿蟹合戦」について、清水先生の考えを述べている作品です。
最初は「太宰治はなぜ『御伽草子』で猿蟹合戦を取り上げなかったのか」という疑問から始まり、そこから斜め上にかっ飛んだ解釈が繰り広げられます。
②国語入試問題必勝法
表題作です。
国語の苦手な受験生、浅香一郎に、家庭教師の月坂が「国語の問題の必勝法」を伝授していく……というストーリー仕立てで、国語の入試問題を皮肉っています。
もっともらしいことが書いてあるようなのですが、これはあくまでも皮肉。清水先生は本のあとがきでこれを「虚構」だと述べているので、真に受けないよう注意が必要です。
③時代食堂の特別料理
人気のない、うらぶれた通りにひっそりと建つ「時代食堂」。そこで客に出される「特別料理」は、その人の過去の思い出を蘇らせる不思議なものでした。
主人公の福永信行は、この特別料理の虜となり、食堂に通い詰めるようになります。そしてある時シェフに、「どうしてこのお店をやっているのか」を尋ね……という感じの物語です。
どこか切なく、それでいて温かい気持ちにさせてくれます。
④靄の中の終章
プライドの高い老人がボケていく様を、その老人の視点から描いている物語です。
ボケ始めているのに、それを認めたくない姿、そして大切なことまでわからなくなっていく様子が生々しく描写されています。
⑤ブガロンチョのルノワール風マルケロ酒煮
この世に存在しない架空の食材を使ったデタラメな料理レシピです。
様々な例え話なども出てくるのですが、それらも当然嘘っぱち。
概要だけ書くと馬鹿馬鹿しい小説なのですが、読んでいると、その料理や食材が実在するかのような錯覚に陥ります。
⑥いわゆるひとつのトータル的な長嶋節
長嶋茂雄さんといえば、今でも愛される伝説的な野球選手ですが、ここでは「解説者」としての長嶋茂雄さんの話をしています。
彼の解説に対する大衆の意見や、他の解説者との比較も交えながら、清水先生なりに「解説者としての長嶋茂雄」分析しています。
⑦人間の風景
小説家の佐伯義成は、妻の祖母に頼まれて、近所の老人会のメンバーが書いたリレー小説を読むことになります。
しかし、リレー小説の執筆メンバーは、一人を除いて、小説どころかまともに文章を書いたことのない人ばかり。当然、出来上がった作品は、小説と呼べるのかも怪しいハチャメチャなもので……。
主人公の佐伯の呆れる様が、ありありと伝わってきます。
2.なぜこの本を選んだの?
この本を購入して読んだ理由についてなのですが、非常に単純です。本屋で偶然見つけて、ユニークなタイトルに一本釣りされました。
私自身、国語は苦手ではないし(むしろ得意だという自負がありました)、もう入試とも縁がない歳なのですが、それでも「『必勝法』とは大きく出たな、私の知らない国語への理解の深め方があるのかな」なんて考えてしまいました。まあ、蓋を開けたら「虚構」だったわけですが。
恥ずかしながら、「パスティーシュ小説」という概念を全く知らなかったので、上手いこと釣られてしまった形になりますね。
まあ、新しいことを知ることができたので、結果オーライということで。
3.心に響いた箇所はある?
この本を読んで、心に響いた箇所を上げていきます。
まずはこちら。
「典型的な誤りのパターンだね。きみの考え方は、この問題の出題者の罠にまんまとはまっている」
「罠なんかがあるんですか」
「もちろんだよ。出題者の狙いは、いかに多くの者をひっかけて誤った答をさせるか、というところにあるんだからね。まずそのことをよく認識しておかなきゃいけない。国語の問題というのは、間違えさせるために作られているんだ」
表題作「国語入試問題必勝法」の一節です。至極当然のことなのですが、私ははっとされられました。入試は受験者を落とすためにあり、だからこそひっかけ問題などの罠がある。国語だってそれは変わらないはずです。
何度も言うように、この小説はあくまでフィクションです。しかし、こういう文章の端々に、リアリティがあるのも魅力的だと思います。
そもそも清水義範先生は、学校で行う国語教育に疑問を持っているようで、そのスタンスは「猿蟹合戦とは何か」と「国語入試問題必勝法」の中にも表れているのです。
具体的に引用するとかなり長くなるので端折りますが、「猿蟹合戦とは何か」では「授業で子どもに詩を作らせるのはやめた方が良い」という持論を展開しています。理由については、ぜひ本を読んで確認していただきたいです。
私から言えるのは、妙に説得力がある理由だということです。まあ、私が「学校」や「学校教育」というものを信用していないからかもしれませんが。
さて、もう一つ、心に響いた箇所を紹介します。
それが、「時代食堂の特別料理」のこの一節です。
食べるということは、<生きる歓び>なのですよ。
主人公である福永と、「時代食堂」のコックの問答の中で出てくる台詞です。この台詞があるシーンは物語の核心に迫る部分なので、引用するかかなり迷いましたが、結局、素直に感想を書くことにしました。詳しく書くとネタバレになってしまうため、私の感じたことのみを書きます。
食べることは、生きるためにはどうしても必要な行為です。しかし、現代社会において、それを意識することは少ないのではないでしょうか。私自身も、この物語を読むまではあまり意識していませんでした。
なぜなら、今の日本には「食べ物」が溢れているから。
食材の価格高騰だの、米不足だのと騒がれてはいますが、それでも街のスーパーやコンビニなどには数えきれないほどの食べ物が並んでいます。多少今までよりも手に入りにくくなったとしても、自分が「何一つ食べるものが無い」という状況に陥るのはあまり想像がつきません。
しかしそれは、日本の、私を含む恵まれた人たちの中だけの話です。
世界中で多くの人が、今日食べるものすらなく餓死していっています。日本国内でだって、明日も知れない生活の中で、食費を極限まで切り詰めて苦しい思いをしている人もいるでしょう。
そう考えると、「食べること」が当たり前にできる生活は、とても幸せなものなのだと感じます。
私だって、いつこの幸せが消えてしまうかわかりません。「食べること」への意識を少しだけでも変えることも、必要なのでしょう。
4.本について何を感じたの?
さて、ここからは感想のターンです。
7つの物語、それぞれに書いていこうと思います。
➀猿蟹合戦とは何か
先ほども言ったように、この作品は「忠臣蔵とは何か」という作品の模倣であり、元の作品に合わせて旧仮名遣いなどが使われています。だからまず「読みにくい!」と感じてしまいました。
それでも根性で読み進めていくと、「猿蟹合戦とは男VS女の対立構造の暗喩である」というぶっ飛んだ解釈が綴られています。
いくらなんでもこじつけが過ぎると思うのですが、妙に説得力があるのがこの話の不思議なところです。毎日のようにXで男VS女の小競り合いが起こっているのを見ているからかもしれませんが。
ちなみにこれは余談ですが、元ネタの「忠臣蔵とは何か」を書いた丸山才一先生は、この本のオリジナル版(1987年刊行)が発刊されたときに解説を担当してくれていて、その中で、この作品を素直に評価できない心中を明かしています。そもそも、よく自作のパロディ作品の解説を書く気になったな、と言いたいです。
丸山先生の解説は、今回紹介している新装版にも収録されているので、ぜひ読んでみてください。
②国語入試問題必勝法
もっともらしいことが書いてあるので、あとがきや解説で「虚構」だと言われるまで、本当の必勝法だと信じ込んでしまいました。
清水先生なりの、国語教育に対する問題提起なのかもしれませんが、騙される人は騙されそうです。帯に書かれた「受験生は間違って買わないでください」の言葉に、急に重みが増しました。
真に受ける受験生が出ませんように。
③時代食堂の特別料理
この本の中で一番好きな話です。
過去の記憶を呼び起こす「特別料理」を出す食堂の話で、主人公は、楽しかった思い出や、ほろ苦い記憶を思い出すこととなります。
物語全体に、温かく、それでいてどこか切ない空気感があって、穏やかな気分で読むことができました。
もし私が「時代食堂」に行けたのなら、コックさんはどんな「特別料理」を出してくれるのでしょう。そんな空想も膨らむ話でした。
④靄の中の終章
先ほどまでの物語と打って変わって、こちらはゾッとする話でした。
高慢な老人が次第にボケていくのですが、さっきまで話していたことどころか、普通なら忘れないことすら忘れ、理解できなくなっていきます。短い話ですが、最後まで救いはありません。高齢化社会の現代では、より説得力が増す物語なのではないでしょうか。
⑤ブガロンチョのルノワール風マルケロ酒煮
途中まで完璧に騙されてました。読んでいる最中に「こういうのはネットのどこかに『試してみた』レポが落ちてるはず!」とググって真実を知り、自分の馬鹿さ加減にがっくり。
まあ、後半に行くにつれて明らかに嘘だろうという例え話が出てきたり、「目黒のさんま」のオマージュがあったりと、作り話だとわかる仕組みにはなっています。
あと、デタラメのはずなのになんだか美味しそうに感じてしまうのも悔しいです。
⑥いわゆるひとつのトータル的な長嶋節
私はあまり野球に詳しくないのですが、それでも、長嶋茂雄さんの名前は知っています。また、彼が割と天然キャラ扱いされているということも聞いていました。
この話では、「解説者」としての長嶋さんの分析が書かれているのですが、曰く、「長嶋さんは感覚派の天才だが、どうにか論理的に、わかりやすく伝えようと努力している」とのこと。その結果、なんだかよくわからない言い回しになってしまっていると言われていました。確かに、言葉が無くても感覚で理解できるという人が、それを言葉に直すのは大変そうです。
また、長嶋さんは、出来る限りマイナスな表現を使わないようにしているとも書かれていて、私はそこに、彼の人柄の良さを感じました。
天然キャラ扱いの裏には、長嶋さんの努力が隠されているのかもしれませんね。
⑦人間の風景
リレー小説と呼んでいいのかもわからない代物を読まされる小説家の話です。
ハチャメチャな小説(?)を主人公と共に読んでいくと、呆れて笑ってしまいそうになるのですが、素人がいきなり小説を書けばめちゃくちゃなものになるのは当たり前だと思い直しました。というか、私も通ってきた道なんです。
小説というか、文章を書くのって、当たり前にできそうで、実はできないものなのかも、と思わされる作品でした。
5.最後に一言!
さて、7編全部の概要やら感想やらを書いていたら、かなり長くなってしまいました。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
それでは、ここまでの総括で締めたいと思います。
私はパスティーシュ、という概念を今まで知らなかったので、正直、この本の面白みを上手く理解し、伝えられたか自信はありません。パスティーシュを深く理解している人なら、もっと楽しめたのでしょうか。
ただ一つ言いたいのは、この本は「ネタをネタだと理解し、楽しめる人」向けの本だということです。
間違っても、「国語入試問題必勝法」を真に受けて受験に臨んだり、デパートの食材売り場で「ブガロンチョはどこですか」と訊かないようにしてください。
もし読んでみたいという方は、こちらのリンクから詳細をチェックしてみてください!