【南アルプス市ふるさと文化伝承館】ミニ企画「鋳物師屋遺跡 全点公開」を見に行く
はじめに
南アルプス市ふるさと文化伝承館は南アルプス市野牛島に所在する郷土資料館です。
南アルプス市は2003年(平成15年)に6町村が合併し南アルプス市が誕生しました。このふるさと文化伝承館は隣の天文館ともに、旧八田村が1994年(平成6年)に建設したものです。2009年(平成21年)にはふるさと文化伝承館の展示内容の大幅リニューアルをしています。
ミニ企画「重要文化財鋳物師屋遺跡出土品 205点全点特別公開」(2023.11.4~2024.1.31)は、縄文時代中期の遺跡として有名な鋳物師屋遺跡の出土品を全点一堂に公開するものです。展示はすでに終了しておりますが、全点展示は12年ぶりの機会でしたのでここに紹介いたします。
ヘッダ画像の満面の笑みは、鋳物師屋遺跡を代表する土偶をキャラクター化した「子宝の女神ラヴィ」です。
湧暇李の里
ふるさと文化伝承館は「湧暇李の里」の中にあります。「湧暇李の里」には、天文館、温泉施設、農業体験実習館、バーベキュー広場、テニスコートなどもあり、文化とレクレーションの総合施設となっています。こちらも平成時代初期の「ふるさと創生事業」で誕生した施設と思われます。
しかし、なぜ山梨で、南アルプス市で「ユーカリ」なのでしょうか。 旧八田村が1992年(平成4年)姉妹都市提携を結んだのがオーストラリアのクィンビアン市で、それににちなむ命名でした。クィンビアン市はブドウやキウイフルーツの生産が盛んでワイン工場も多くあるといいます。
ふるさと文化伝承館
ふるさと文化伝承館は、宣伝に熱心であることから見学者の入りは上々です。考古系の資料館は入ってみると貸し切り状態の場合が多いのですが、筆者が訪れたのは休日の午前中でしたが、会期末であり数日前の新聞報道も手伝って「鋳物師屋遺跡」を目的に訪れる人が多くて驚きました。
伝承館の入口は駐車場から見ると建物の横側になり少々分かりにくいところにあります。そのため周囲に案内板などが置かれています。
入館無料なのもうれしいところです。案内カウンターがあり職員が親切に迎えてくれます。職員やガイドによる対面による案内に重きを置いているとのことです。また、画像撮影、SNS、すべて可能になっています。
展示室は一階と二階にあり、常設展示とテーマ展示に分かれていいます。
二階が縄文時代の常設展示です。鋳物師屋遺跡の展示もこちらにあります。鋳物師屋遺跡出土の土偶をキャラクター化した「子宝の女神ラヴィ」が館内至るところにいて迎えてくれます。さっそく階段の周辺にもパネルのほかキッズコーナーも「ラヴィ」です。
一階展示室は常設展示が弥生時代から平安時代の考古、農具民具の展示、水害や用水など地域と水との関わりの紹介です。
一階展示室の一角をテーマ展示にしています。テーマ展示は年数回入り替えており、訪問時は「身だしなみの民具展」(2024.1.26~4.17)が始まったところでした。
鋳物師屋遺跡出土品 205点全点特別公開
前置きが長くなりましたが、今回の目的であるミニ企画「重要文化財鋳物師屋遺跡出土品 205点全点特別公開」(2023.11.4~2024.1.31)を紹介します。
鋳物師屋遺跡の出土品は二階展示室で常設展示されてきました。ただし、東日本大震災以降は、地震時の転倒対策として点数を減らして入れ替えながら展示されてきました。また、有名な土器や土偶は貸出しが度々行われています。そうしたことから、確実にすべてを見られる機会は希少なのです。
第二展示室は、前述のように縄文時代を中心に石器時代を含んだ展示内容です。中央の鋳物師屋遺跡の円錐形土偶(ラヴィ)と有孔鍔付土器(ピース)の入る独立ケースを中心に南アルプス市内の遺跡で出土した土器、土偶や石器が周囲を囲んでいます。
展示室にはガイドさんがいらして、積極的に声かけして解説してくださいます。もし解説が不要な場合にはお断りしましょう。
本稿の鋳物師屋遺跡に関する内容は、ガイドさんの解説と参考文献に依ります。
鋳物師屋遺跡を展示しているのは壁側ケース2つで、少し詰めぎみな印象です。鋳物師屋遺跡の出土品のうち205点が1995年(平成7年)、国の重要文化財に指定されています。ケース奥に額入りで文化庁からの認定証があります。
鋳物師屋遺跡は、甲府盆地の西部の櫛形山の麓に扇状地が広がる扇状地にあります。扇状地には、鋳物師屋遺跡のほか多くの縄文遺跡があり、それらを示す地図があります。
鋳物師屋遺跡は、1993年(平成5年)、旧櫛形町の下市之瀬の工業団地の造成に伴う調査にて発掘された遺跡です。130メートルの範囲に縄文時代中期の住居跡が32軒が発見されました。住居は常時4~5軒だったといいますが、200年~300年続いたムラの跡と考えられています。また、平安時代の住居跡も162軒も発見されていて、墨書された土器も出土しています。
鋳物師屋遺跡の場所は、工業団地のため現在は案内板があるのみです。
また、隣の韮崎市にも鋳物師屋という地名があります。韮崎市朝日町鋳物師屋といいます。鋳物師屋遺跡の人たちはその後韮崎の高台に移転したと考えているといいます。
円錐形土偶(子宝の女神 ラヴィ)
鋳物師屋遺跡の出土品として抜群の知名度を誇るのが、独立ケースの中にある円錐形土偶です。愛称は2015年(平成27年)に「子宝の女神 ラヴィ」と市民の公募により決定しました。
この土偶は、乳房の表現があり、へそのある大きいおなかに手が添えられています。妊婦さんと思われます。しかしその手は中部高地の縄文に見られる3本指の表現です。人ではないでしょう。女神と言われる所以です。
頭部を観察します。右目に赤いベンガラの顔料が残ります。眉は一本線の縄文眉で、鼻も上向きにあります。つり目にたらこくちびる縄文中期の土偶の顔です。右の頬にも文様のような表現があります。
体の模様は細かい線で埋めるようにして施しています。
横に孔があいています。実は底にも孔があいています。X線写真による調査の写真パネルもあるのですが、中空になっています。
土偶の「体内」に、鈴の鳴子を入れて土鈴としていたと考えているといいます。そうであれば、まさにお腹に子どもを宿しているといえます。
後頭部の半分が見つかっておりません。類似するほかの土偶の表現から蛇のように巻いた髪型と考えているといいます。
トロフィーがあります。「2015全国どぐキャラ総選挙グランプリ」にて優勝によるものです。
総選挙優勝の件をお話するガイドさんに対して「縄文のビーナス」に勝ったってこと?と質問される方がいらしました。あちらは「国宝」なのでとガイドさんにしては歯切れの悪い返答です。土偶じゃなくてあくまで「どくキャラ」(土偶のゆるキャラ)の人気投票ですので要注意です。
また歯切れの悪いのは、総選挙で優勝を獲るべく、〇〇票を使ったのです。でもそれだけ、推し上げる努力を行政を挙げてしているということです。
筆者の実話ですが、山梨県埋蔵文化財シンポジウム「山梨の縄文土偶の魅力を語る」(2019.2.16)にて、最後に来場者の投票による県内の土偶コンテストを行いました。南アルプス市はプレゼンテーションにて来場者全員に地元のパン屋さんの作る「土偶ちゃんパン」を配りました。実弾(?)の甲斐もあって見事「ラヴィ」がシンポジウムでも優勝に輝いたのでした(おいおい)。
人体文様付有孔鍔付土器(ピース)
もうひとつの独立ケースには人体文様のついた有孔鍔付土器があります。こちらは免振台に乗っています。
土器の表面は人のような模様がつけられています。その模様の顔は一本眉の縄文顔です。右手を上げており、口を開けた表情もあり、歌いながら踊っている姿ともいいます。
この土器の愛称は「ピース」です。右手がピースサインの形に見えるからだと思いますが、しかしこちらも指3本ですので人ではないでしょう。
隣のトロフィーは「縄文ドキドキ総選挙2021」で優勝によるものです。
有孔鍔付土器と言われるように、土器の上部は平らで周囲に穴があけられています。この穴のあいた土器の使用目的に関する考察としては、太鼓説、貯蔵器説、酒造器説があります。こちらではヤマブドウの種が発見されていることによる酒造器説が有力であると解説されていました。
ところで、この土器は半分ほどは復元であるといいます。とくに人体文の左手部分が見つかっておりません。復元にあたっては肩からの角度や周りの区画門との干渉から推定して左手は降ろした形を採用しています。しかし左手を上げた説も捨てていないといいます。
2021年度から採択されている教科書「中学社会 歴史 未来をひらく」(教育出版)の表紙の一部にもこの土器が採用されています。ただし、左手の部分については上手に隠されています。
ちなみに、長野県富士見町の藤内遺跡の半人半蛙文有孔鍔付土器(重要文化財、井戸尻考古館蔵)ですが、こちらも同様の指3本の表現が有名です。半人半蛙文(半分ヒトで半分カエル)の表現とされてます。こちらは両腕を高く挙げています。
完全な形の土器たち
鋳物師屋遺跡で注目すべきは完全な形の土器がたいへん多く発掘されていることです。その理由として鋳物師屋遺跡は、扇状地で発生した土石流によって埋まったと考えられ、良好な状態のまま残されていたといいます。
ふと、気づいたのですが、土器ひとつひとつに対するキャプションはありません。全体として土器は〇〇遺跡出土といった具合に展示されています。
石器やドロメンコ
石器も多数あります。石鏃、石匙、磨製石斧があります。盛り付けに使われたと思われる浅鉢もあります。まさに生活がそのまま土石流の下に残されていたといえます。
ドロメンコと言われる謎の円盤です。周囲を削っているといいます。土器の破片の再利用ではないかと解説されていました。使用目的はよくわかっていません。
土偶あるいは土製品
土偶の頭部あるいは土製品でも、特長的なものがあります。
眼球らしきもののある土偶の頭部があります。
国宝「縄文のビーナス」とそっくりな頭部をした土偶があります。
猿、またはネズミに見える土偶、あるいは土製品があります。ガイドさんの解説によれば、土偶であれば耳がないことから人物の表現とは異なるといいます。やはり動物ではないかということです。
他の鋳物師屋遺跡の出土品
ガラスケースには入っていない鋳物師屋遺跡の出土品もあります。重要文化財に指定されていないものだそうです。
注目は、土偶と一体化したその名も土偶装飾付土器です。土偶が土器を抱きかかえるように付いています。ただし、ほとんどが復元によるもので、オリジナルの部分は半分もありません。
後ろ姿です。抱きかかえるというよりも背中が張り付いていて、腕が伸びています。こちらも富士見町の藤内遺跡の神像筒形土器がたいへんよく似ています。
ほかにも、市内の縄文遺跡が土器を中心に常設展示されています。
特に注目の土器を3点だけ紹介します。いずれも北原C遺跡の出土品の中にあります。北原C遺跡は縄文時代中期のムラ跡で大規模な環状集落とみられます。道路建設に伴い18軒の竪穴建物跡などが発見されています。
まずは「動物装飾土器」です。天を向いた4匹のカエルと、カエルに乗ってトグロを巻いているヘビが装飾されていいます。
残り、2点は渦巻きのような把手のついた、水煙把手付土器です。
ちなみに、こちらも富士見町の曽利遺跡の土器がよく似ています。
ラヴィでいっぱい
ふるさと文化伝承館はラヴィでいっぱいです。最も存在感を示すのは二階展示室前の着ぐるみです。タスキとともに母子手帳を入れたカバンを掛けています。
その隣には2022年7月公開の「映画・ゆるキャン△」のパネルがあります。劇中で部長こと大垣千明が山梨県の観光推進機構職員としてラヴィ(山梨県のゆるキャラという設定)の「中の人」になっています。一休みしている場所は甲府駅北口広場の藤村記念館です。
定番ともいえるスタンプも押したくなるデザインです。
グッズもたくさんあります。1番人気はポストカードセットのようです。再入荷したぬいぐるみは3500円。展示や文化財に関する図録も販売しているのですが、ラヴィのグッズに埋もれて目立ちません。
最近、考古系の博物館でよく見かける3Dプリントの土偶、土器のガチャポンもあります。山梨では、釈迦堂遺跡博物館、山梨県立考古博物館に次いで3館目のように思います。
ラヴィ、猿型土製品、蛙と蛇の土器、ヴィーナスの双子、ピースの5種です。購入してみましたが、出来はいまひとつでした。
おわりに
ついラヴィにばかり目が行く資料館ですが、鋳物師屋遺跡以外の縄文遺跡や、一階の歴史資料、民俗資料など見るところはたくさんあります。常設展示やテーマ展示についてはいずれ改めて紹介したいと思います。
1月に新聞各紙やローカルニュースで報道してもらったことにより、ひと月の入館者数を更新したそうです。とにかく集客に力を入れる資料館です。
安藤家住宅については後日見学に行ってまいりました。
参考文献
南アルプス市教育委員会編『大地の記憶 遺跡から未来へ』南アルプス市教育委員会、2022