【‘‘読む人’’】
本を読む上で、意味や目的を求めて読むことはなかったし、これまで考えたこともなかった。
ぼくは、自分の本棚から一冊の本を抜き取る。
長い時間と労力をかけて作られた本にもまた、人生があると知り、考えるようになったのはいつのことだろうかと思った。
例えば、きっかけとして、本を好きになることも、嫌いになることもあるし、ぼくはその両方を経験したことがあった。
ページをめくり、その本に書かれた著者の心に触れられることも読書の魅力だろうし、本を書いた著者の価値観が合わずにその人のことが嫌いになることも読書していると起こり得ることである。
学生時代の頃のぼくの数少ない友人の一人で、Aという男がいた。
彼は、ぼくよりも読書家であり博識でもあった。
そして、彼はぼくにないものを持っていた魅力的な存在でもあった。
就職してからは、彼との連絡は途絶えてしまったが、彼と交わした会話がたまに脳裏を過ることがある。
彼は、ぼくに読書の楽しさや奥深さについて、色々と教えてくれた師匠のような存在でもあった。
ある時、ぼくは彼にこう、たずねたことがある。
どうして、そこまで本を読むんだ?
彼は、クスっと思わず笑みを溢した。
そして、こう言った。
愚問だね。
楽しいし面白いからだよ、ただそれだけさ。
彼は、難しいことはあまり説明出来ないな、と苦笑いを浮かべて、誤魔化したことも記憶している。
あの頃の記憶を思い出すと、懐かしさを覚える。
彼と出会い、別れてから、数年が経った。
読書から学んだことは数えきれないほどあるし、彼の存在は、ぼくにとって‘‘読む人’’であった。
全ての本から得た言葉の一つ一つを今度は、ぼくが紡いでいく番だと思った。
書くことを通して、自分の価値を誰かのもとへ届けることが出来るプラットホームを見つけられたことはとても嬉しかった。
ぼくは、もう一人のぼくをつくり、‘‘G’’という名前でSNSで活動することを心に決めた。
‘‘読む人’’であった彼の面影を探しながら、ぼくは今‘‘書く人’’へとなった。
語るべきことを語るために、ぼくは読み終えた本を戻して、次に書くものを書き始めた。