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【旅エッセイ80】奥尻島の鍋釣岩

「 何があったらこんな形になるんだ」という不思議な形の岩がある。

たとえば秋田の男鹿にはゴジラ岩。ゴジラの頭に形が似ている。私は正直、言われなければゴジラの形とは気付かなかった。角度の問題かも知れないけれど、あれがゴジラ岩だよと言われて首を傾げた覚えがある。けれど、夕陽が落ちるタイミングが合うとゴジラ岩が火を吹いているように見えるのでその名前にも納得がいく。

ゴジラ岩はCMにも使われていたので知っている人も多いかも知れない。

青森の仏ヶ浦(ほとけがうら)には、海岸に見上げるほどの巨石が立っている。大きく縦長の岩が仏像を連想させることから仏ヶ浦と呼ばれたとか。

巨岩が立ち並ぶ様を見ていると、自然の造形の美しさに圧倒される。私は青森の下北半島、大間岬に行く途中の展望台から眺めたのだけど、遠目でも奇妙な岩がゴロゴロと並んでいる異様さがよくわかった。

それから、奈良の柳生にある一刀石は、真ん中から真っ二つに断たれた巨岩。伝説では柳生新陰流の柳生宗厳(むねとし)が奈良の山で天狗と戦った時、一刀両断に天狗を斬り伏せると、斬ったはずの天狗が消えて、代わりにそこに残っていたのが真っ二つに叩き割られた岩。その岩が現代に伝わる一刀石なのだとか。

一刀石はまだ見たことがないけれど、何かの小説
(山田風太郎の甲賀忍法帖か魔界転生じゃないかなと思うのだけど忘れた)でその伝説を知ってから、いつか見に行きたいと思っている。

そして数ある奇岩の中で、私の印象に強く残っているのは奥尻島の鍋釣岩。

水面に半分だけ突き出たドーナツのような、クサビのような形で、鍋を吊るすための取っ手(鍋の弦)に似ているこから鍋釣岩(ナベツルイワ)の名がついたらしい。

この岩には特別な伝説は、ない。

ナントカ流の侍が斬ったわけじゃないし、仏像を想わせる異様があるわけじゃない。映画の怪獣の名前もつかない。

鍋釣岩は長い時間をかけて、海と波と風が溶岩を削り続けて作った。1993年7月12日、今から26年前に北海道南西沖地震が発生した時も岩は崩れることなく耐え続けた。

私が奥尻島を訪れたのはまったくの気まぐれ。以前のエッセイでも書いたけれど、北海道滞在のわずかな一日を利用して離島を見てみたいと思って船に乗った。地震のことはまだ小さくて覚えていなかったし、奥尻島に私の親戚が住んでいたことも、地震で亡くなったことも知らなかった。


鍋釣岩はフェリー乗り場のすぐ近くにある。
到着した時にも、戻る時にも岩を眺めた。

「何があったらこんな形の岩になるんだ」と、到着した時はヘンな岩くらいにしか思わなかった。

地震のことを知り、帰る頃には「悲劇にも耐え抜いて島を見守り続けた岩なんだな」と印象が大きく変わった。

特別な伝説はなくたって、鍋釣岩は奥尻島のシンボル。晴れの日も悲しい時も、奥尻島を見守り続けている。




また新しい山に登ります。