『川合 【後編】』
普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語
目次
1章 「空」
2章 「観葉植物」
3章−1 「川合」
登場人物 ・田中 佐助 ・佐々木 青彩 ・水越 柊
3章−2
ある日の授業が終わりひと休みしようとキャンパスの広場のベンチに腰を掛けていた。すると、誰かと一緒に並んで会話をしている青彩の姿が見えた。なぜか気になってしまった僕は誰と話しているのか目を凝らしていた。
隣にいるのはヒッキーだった。
その瞬間、僕の時間(とき)が一瞬だけ止まったような感覚に襲われた。自分でもよくわからなかった。そして、いつの間にか2人は立ち去っていた。午後からあと1つ授業が残っていたが行く気がしない。周りの時間(とき)は流れているのに自分だけが川の流れに迷い込んだ1枚の葉のように留まって動けなかった。
僕はキャンパスの広場の街頭が灯されると同時に我に返った。辺りは藍色に染まり、僕は電車に乗って帰るしかなかった。最寄りの駅に着いたら、迷うことなく行きつけの居酒屋に流れていた。
「いらっしゃい!」
いつもの元気なマスターの挨拶だった。
「ども」
「今日も2人かい?」
「いや、今日はひとり」
「珍しいね。じゃあ、カウンターにでも座るかい?」
「はい」
マスターからいつもの生ビールとこの店絶品の串焼きが何本か出された。
「串焼きはサービスだ!」
「ありがとうございます」
思いに耽るが、時間は待ってはくれない、お店には気づいたら僕とマスターしか居なかった。マスターはコップを洗いながら声をかけてくれた。
「今日はどうしたんだい?」
「いろいろあって」
「恋でもしたのかい?」
「うっ、よくわからないです」
一連の話をマスターに伝えた。
「いいね、青春だな」
マスターの冗談交じりの言葉にも僕は真面目に返す。
「自分で勝手に悩んで、何もできていないだけです」
「そうかい、でも悩むってことは幸せなことじゃないかい?」
「えっ、なんで悩むことが幸せなの?」
「悩むってことは、それだけ何かをしてあげたい大事な人だったり、思いがある証拠だろ」
些細な言葉だった。でも僕の見える世界が変わった。いろんな想いが混ざり合って、僕から見えていた濁った世界がそれぞれの色が彩った綺麗な世界に思えた。
次の日、一緒の授業だったヒッキーに昨日の出来事について思い切って聞いてみた。すると、
「次の授業がたまたま同じで、青彩に教えて欲しいところがある!って頼まれただけだよ」
「あっ、そうなの?」
「この前電車で帰ったときに、その話になったんだよ」
「なるほどね」
僕はたったそれだけのことで悩んでいたのが、本当におかしく思えて笑うしかなかった。
ただひとつだけ、
自分の中で動き出した感情があることに気づいた時間(とき)でもあった。