『川合 【前編】』
普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語
目次
1章 「空」
2章 「観葉植物」
登場人物 ・田中 佐助 ・佐々木 青彩 ・水越 柊
3章−1
春夏にかけて緑色で若々しくあった葉は、自分の色に染まり出してきた。
人間のように個性を出していくのだ。
初めての授業で隣になった柊君のことは今では「ヒッキー」と呼んでいる。
東京に出てきて初めての友人になっていた。今日の大学の授業が終わり、今日はバイトもない。そんな時はLINEでヒッキーに連絡をする。
「今日飲みに行かない?」
「いいよ」
相変わらず、返信はシンプルだがノリだけはいい。
「いつもの居酒屋で」
「👍」
遂に文字で返さない仲になった。僕は先に行きつけの居酒屋に到着した。
「生1つお願いします」
「あいよ。今日は1人?」
「いや、後からヒッキーが来ます」
「相変わらず仲がいいね」
なぜかはわからないが、僕はひとつ特技を持っている。居酒屋の店員さんに気に入られらやすいということだ。僕はひとりで居酒屋に入ってみたいという願望があって、初めてお店に入るときは何度も躊躇した。ようやく決心を固め入ったのが、このお店だった。今では店長さんを「マスター」と呼んでいる。
そのとき、僕のスマホの着信が鳴り出した。
「もしもし、どした?」
「やっほー、今何してるかな?と思って」
「今から大学の友人と飲むけど、来るか?」
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えて行こうかな」
LINEで居酒屋の詳細を送り、3人で飲むことになった。そういえば、3人で飲むのは初めてのことだった。
すると、マスターの一声が店に響いた。
「いらっしゃい!」
「ども」
ヒッキーがいつものペースで暖簾をくぐってきた。
「ハイボール1つください」
「あいよ!」
「とりあえず座って乾杯しようぜ」
「おっけ」
「お待ちどう!」
マスターが早急に飲み物とお通しを持ってきてくれた。ジョッキを持ちすぐに声を揃えた。
「乾杯」
ヒッキーと僕がこんなにも仲が深まったのは、ある共通点を発見したからでもあった。お互いに部活動はサッカーをしていて、大学ではサークル活動をしていたことだ。そして夜は「ウイニングイレブン」通称「ウイレ」で毎晩のように対戦していたこともあった。
それから20分ぐらいが経ったころ、暖簾をくぐった女性が見えた。
「いらっしゃい!」
「こんばんは」
「おっ、青彩こっち」
僕が声をかけると、ヒッキーが少し驚いた表情をしていた。
「こんばんは。いきなりごめんね」
「大丈夫、こっちはヒッキー」
「ヒッキー?面白い名前だね。よろしくね」
「あっ、よろしくです」
ヒッキーが少し緊張しているようで面白い。
「青彩は何飲む?」
「やっぱり、1杯目は生かな」
「おっけ、マスター、生1つください」
3人揃って改めて乾杯をした。そこからの時間はビデオを早送りした感覚であっというに時間(とき)が流れた。
僕と青彩の中学生時代、今だから言える小っ恥ずかしい話から田舎ならではのあるある話やそれぞれの田舎の方言で会話など、川が絶えず流れるようにこの空間に笑いが絶える時間(とき)はなかった。
「そろそろ終電だから帰るよ」
ヒッキーの言葉を合図にスマホの時間を確認してみる。もう23時30分を過ぎていた
「私も明日朝から授業だし、帰ろうかな」
「そっか」
心では帰りたくない。と思っているが、迷惑をかけられないということを理由に
口から言葉として相手には伝えられない。
「マスターお会計願いします!」
「あいよ」
僕はこの気持ち紛らわせるようとマスターにから元気で伝えた。さよならをする時間は残酷だ。お店を出ると青彩とヒッキーは帰る電車の方面が同じらしい。2人を駅まで見送った。2人とも初めて会ったとは思えないほど意気投合している。あの一言しか返さないヒッキーも気づいたら饒舌に喋っている。
僕は手を振りながら姿が見えなくなるまで見送った。
1人の帰り道はいろんな想いが込み上げてきた。関わりを持った人たちが繋がってくれた嬉しさや、ヒッキーのことを羨ましく感じる自分、言葉で伝えたくても、伝えられなかったこと。様々な思いが頭のなかで意味もわからなく混ざり合いあっていた。
おそらく、楽しい時間を過ごした反動だろうと自分の思考に言い聞かせながら自宅に着いた。
その日の夜は寝ようと思ってもすぐには寝られず、ゆっくりとした時間の流れに身を委ねることしかできなかった。